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元総理がついに沈黙を破った

『小泉純一郎独白』 (常井健一 著)

2016/04/04
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「着流しに雪駄履き。肩肘張らずに飄々と」――。約三十年前に初めて会った時に感じた小泉純一郎元首相の印象は全く変わらない。

『小泉純一郎独白』にはそんな小泉氏の素顔が随所に登場する。

 警護なし 横須賀線に 一人乗る 大臣やめて ホッと一息

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 竹下登改造内閣~宇野宗佑内閣の厚生大臣として初入閣した小泉氏が閣僚を辞めた日に詠んだ和歌だという。しかし、小泉氏は単なる歌舞伎やオペラを愛する風流人とは違う。着流しの下にいつも「仕込み杖」を忍ばせていたからだ。三度も自民党総裁選に挑み、ついには目的を果たし、さらに五年五カ月の長期政権を担ったことがそれを証明する。

 その小泉氏が衆院解散を機に政界を去ったのが二〇〇九年七月。とっくに「過去の人」になってもおかしくない年月が経過したが、決してそうではない。議員は辞めても今なお現役の政治家であることを著者の長時間インタビューが解き明かしてくれる。むしろ本書を通して議員時代とは全く異なる小泉氏の凄みが伝わってくる。

「できるだけ政治に口出ししないというつもりでやってきたんだ。原発だけは例外、最優先事項。あちこちに口出したらきりがないんだ。そうすると、最優先事項の影が薄くなるんだよ」

 かつて郵政民営化一本で権力の座を手繰り寄せた手法と同じだ。今や「原発ゼロ」は小泉氏の代名詞と言ってもいいだろう。小泉氏は首相時代に中曽根康弘元首相を政界引退に追い込んだことがある。中曽根氏は「政治的テロだ」と激怒したが小泉氏の翻意はなかった。この時の自民党幹事長が安倍晋三首相。首相にとって小泉氏は権力への扉を開けてくれた紛れもない「政治の師」だが、その師匠が原発政策について一歩も譲らない。首相には何とも厄介な存在に違いない。

 東京電力福島第一原発事故を経て国論を二分する問題になった原発をめぐる対立構図の中で小泉氏が手にする「孤高の剣」はいよいよ輝きを増しているように見える。ポスト安倍不在と言われる自民党内で数少ない将来の首相候補と目されているのが、小泉氏の二男で後継者の進次郎氏という点も皮肉だ。小泉氏も臆面もなく言い放つ。

「進次郎が総理になる資質、他の議員に比べればあるよ」

 本書の価値は過去のリーダーによる懐旧談ではなく、現在進行形の日本の政治が抱える問題点を「異能の政治家小泉純一郎」の口を通して浮き彫りにしたことにある。

とこいけんいち/1979年茨城県生まれ。旧ライブドア・ニュースセンターの設立に参画後、朝日新聞社に入社。退社後、オーストラリア国立大学客員研究員。2012年末よりフリーのノンフィクションライターに。著書に『保守の肖像 自民党総裁六十年史』など。

ごとうけんじ/1949年東京都生まれ。共同通信社で長く政治の取材に携わる。著書に『ドキュメント 平成政治史1~3』など。

小泉純一郎独白

常井 健一(著)

文藝春秋
2016年2月25日 発売

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