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2020/03/12

伝説の3ラン男・高橋「この1年は必死過ぎて、一瞬でした」

 最後に会いにいったのは3回戦の横浜戦で8回裏、起死回生の逆転3ランを放った高橋だ。

 伝説の3ラン男は、北の果て、網走にいた。大学球界の北の雄、東京農業大学北海道オホーツクに進学したのだ。秋田市とは打って変わり、網走は、海岸線の海は流氷で埋め尽くされ、到着日は猛吹雪が停電を引き起こした。高橋が話す。

「ここ、国外ですよ。秋田は寒い日はマイナス8度くらいになりますけど、ここはそれくらいが普通。寒いなと思うと、マイナス18度くらいまでいきます」

横浜戦で逆転3ランを放った「6番・ファースト」高橋佑輔(左)

 東農大は金足農業同様、練習や規則が厳しい野球部として知られる。

「高校時代と何も変わらないですね。変わったのは、髪の毛が伸びて、バットが木製に変わったくらい。守備位置まで全力疾走しなかったら外されますし、夏は朝6時から6キロ走らされますし。この1年は必死過ぎて、一瞬でした」

 あの金足農業の、あの3ランを打った男として、高橋はことあるたびに注目の的になる。期待されたものの、昨年の公式戦出場は代打の一打席にとどまった。結果は、四球だった。

「どうしても甲子園のことを聞かれるんで、それがしんどくて……。結果残してないんで、恥でしかない。だから、今年は絶対、結果を残したいんですよ」

吉田に作ってもらった紫のグローブ

 高橋はとっておきのものを見せてくれた。金足農業のチームカラーでもある紫色のファーストミットだ。吉田が作ってくれたのだという。

「最初、青にしようと思ったんです。大学のチームカラーも青なので。でも、けっこう使ってる人が多いので、紫がいいな、って」

 高橋は携帯カバーも紫、グミを買うときも紫という、根っからの金農戦士だ。

「ただ、一般のカタログに紫はなくて。吉田が練習のとき紫色のグローブ使っていたので、電話して、紫のファーストミット頼める? って聞いたら、いいよって。プロ仕様のすごくいい革を使ってるので9万円以上したんですけど、吉田は最初、7万でいいって。次に『お前の活躍を願って5万にしてやる』と。でも実際、払うときになったら、5万下ろしたはずなのに4万しか入ってなかった。『もう4万でいいわ』って、最終的には半額以下にしてくれました」

「雑草」を意味する「不屈の華」の刺繍

 手の平が触れる部分には「不屈の華」と刺繍が入っている。吉田と同じだ。

――どういう意味?

「雑草です」

吉田に頼んで作ってもらった紫のファーストミットを手に

 金足農業は取材をすればするほど、こんなチームは二度と現れないだろうなと思えた。とはいえ、そこには願望も込められていた。現れないだろうけど、いつかまた見てみたい、と。

 しかし、その願望は完全に消え去った。昨年秋、日本高校野球連盟は「一人の投球数を1週間で500球以内にする」というガイドラインを設けた。いずれは制度化される見込みだ。

 亮太も、佐々木も、高橋も同じ感想を口にした。

「僕たちみたいなチームは勝てなくなるでしょうね」

 あの夏、吉田は最後の1週間で4試合に登板し、570球も投げている。

 佐々木は続けた。

「普通に考えれば、何らかの投球制限は必要なんだろうな、って思う。でも僕らはケガをしない体づくりをすればいいという考え方だった。ケガをしたら、ケガをしたやつが悪いって処理される。金農は今の時代の考え方と99%、逆をいってましたもんね」

 高村光太郎風に言えば、金足農業の前に道はなく、金足農業の後ろに道ができた。だが、彼らがつくった道をたどる者は、おそらくもう現れない。

金足農業、燃ゆ

中村 計

文藝春秋

2020年2月25日 発売

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