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2020/03/25

「まさに生き地獄」

 この頃、俊夫さんは「苦しくてつらい症状の記録」という文書を書いた。そこには次のように記されている。

「これまでのキャリア、大学すべて積み上げたものが消える怖さと、自身の愚かさ」

「家内や、家内の家族・親戚の皆様にも迷惑をかけることが本当に苦しい」

「まさに生き地獄」

「家内にそのまま気持ちをぶつけて、彼女の心身を壊している自分は最低の生き物、人間失格」

 あれほど尊敬していた上司の池田氏についても批判を口にするようになる。

「池田さんは仕事が雑や。池田さんがちゃんと(国有地を)売っていたらこんなことにならんかった。大学に売っとったらよかったんや」

 大学とは大阪音楽大学のこと。問題の国有地の隣接地にあり、森友学園より先にこの国有地の購入を希望して7億円以上の金額を提示したとされるが、近畿財務局は売らなかった。それを森友学園には1億3400万円で売っている。

 そしてついに改ざんが明るみに出る日が来た。

懲戒処分を受け、2018年3月に国税庁長官を辞任した佐川宣寿氏

朝日新聞の第一報

 2018年3月2日、朝日新聞に記事が出たのだ。「森友文書 書き換えの疑い」「財務省、問題発覚後か」「交渉経緯など複数箇所」の見出しが躍った。

 昌子さんはこの日のこともよく覚えている。

「朝、スマホで記事を見て、『この人のやったこと、これやったんや』とすぐわかりました。本人に見せたくなかったけど、結局、見てしまった。ものすごく落ち込んで『死ぬ、死ぬ』と繰り返してました。夜中にロープを持って出ていこうとしたので止めたんです」

 翌3日、俊夫さんは外出中の昌子さんに「もうぼくは山におるからメールもしてこんで」とメールを送ってきた。この時は昌子さんが探しに行って連れ帰ることができた。6日には「死ぬところを決めている」と言って再び山に向かおうとした。

 そんな状況で彼はこの「手記」を書き上げた。なぜ自分が追い詰められなければならないのか? この不条理に対し最後の力を振り絞って、真実を書き残しておくために。

《役所の中の役所と言われる財務省でこんなことがぬけぬけと行われる。

 森友事案は、すべて本省の指示、本省が処理方針を決め、(中略)嘘に嘘を塗り重ねるという、通常ではあり得ない対応を本省(佐川)は引き起こしたのです。

 この事案は、当初から筋の悪い事案として、本省が当初から鴻池議員などの陳情を受け止めることから端を発し、本省主導の事案で、課長クラスの幹部レベルで議員等からの要望に応じたことが問題の発端です。

 いずれにしても、本省がすべて責任を負うべき事案ですが、最後は逃げて、近畿財務局の責任とするのでしょう。

 怖い無責任な組織です。》