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2020/03/25

 元は、すべて、佐川理財局長の指示です。

 局長の指示の内容は、野党に資料を示した際、学園に厚遇したと取られる疑いの箇所はすべて修正するよう指示があったと聞きました。

 佐川理財局長の指示を受けた、財務本省理財局幹部、杉田補佐が過剰に修正箇所を決め、杉田氏の修正した文書を近畿局で差し替えしました。

 第一回目は昨年2月26日(日)のことです。

 当日15時30分頃、出勤していた池田靖統括官から本省の指示の作業が多いので、手伝って欲しいとの連絡を受け、役所に出勤(16時30分頃登庁)するよう指示がありました。

 その後の3月7日頃にも、修正作業の指示が複数回あり現場として私はこれに相当抵抗しました。

 楠管財部長に報告し、当初は応じるなとの指示でしたが、本省理財局中村総務課長をはじめ田村国有財産審理室長などから楠部長に直接電話があり、応じることはやむを得ないとし、美並近畿財務局長に報告したと承知しています。

懲戒処分を受け、2018年3月に国税庁長官を辞任した佐川宣寿氏

 美並局長は、本件に関して全責任を負うとの発言があったと楠部長から聞きました。

 楠部長以外にも、松本管財部次長、小西次長の管財部幹部はこの事実をすべて知っています。

 本省からの出向組の小西次長は、「元の調書が書き過ぎているんだよ。」と調書の修正を悪いこととも思わず、本省杉田補佐の指示に従い、あっけらかんと修正作業を行い、差し替えを行ったのです。

(大阪地検特捜部はこの事実関係をすべて知っています)

 

 これが財務官僚機構の実態なのです。

 パワハラで有名な佐川局長の指示には誰も背けないのです。

 佐川局長は、修正する箇所を事細かく指示したのかどうかはわかりませんが、杉田補佐などが過剰反応して、修正範囲をどんどん拡大し、修正した回数は3回ないし4回程度と認識しています。

 役所の中の役所と言われる財務省でこんなことがぬけぬけと行われる。