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「これは、ドッキリか?」高知東生が振り返る“逮捕の瞬間”と“元妻への懺悔”

高知東生さんインタビュー #2

source : 提携メディア

genre : ライフ, 医療

高知東生氏 4年目の覚悟と決意(下) 薬物使用の頻度が高まるたびに「ヤバいな」と

(下) 薬物使用の頻度が高まるたびに「ヤバいな」と

金持ちになり、女にモテる男になろうと

――そうは言っても、高知さん自身、20歳のときに高知県から上京して、すぐに薬物をやるようになったと話しているのを読んだことがあります。30年以上も薬物依存だったということですか?

 いや、ずっとやり続けていたわけではありません。

 高知県から上京してきたとき、「金持ちになり、女にもモテる男になる」と心に決めました。当時の東京は、バブルに向かって走り出していた時期。ディスコに行けば、すごく派手に、かっこよく遊んでいる人たちがたくさんいました。

――確かに、1980年代はそんな時代でした。

 だから、都内で一番流行しているディスコにしょっちゅう顔を出しました。VIPルームには、若いのに何千万円もするクルマでやってきて、高級ブランデーを開けるような人たちがたくさんいた。自分も成り上がってやろうと、そこに近づいて行ったのです。

 そんな人たちは、仕事も遊びもかっこよくキメているんだけど、薬物もすごく「おしゃれな感じ」で使っていた。葉っぱ(大麻)もあったし、覚醒剤もあった。いけないことだとわかってはいたけれど、誘われると断れないし、ごく自然なことだと思っていました。高知県の田舎では、ヤンキーの兄ちゃんが集まってシンナーを吸っているぐらいです。「やっぱり、東京はすごいな。かっこいいな」と。

――では、やっぱり薬物歴は長い……。

 はい。でも、しばらく時間が空いたこともありました。芸能界に入って10年ぐらいは一切やりませんでしたし、自分ではコントロールできていました。

最低の女好きだった

――逮捕されたときの状況は、最悪の印象を受けます。奥さん以外の女性と一緒にホテルにいるところを摘発されました。奥さんは、好感度も高い人気女優です。世間の男性がやっかむような奥さんがいながら、ほかの女性と浮気をして、薬物をやっていたのですか?

 本当に最悪の女好きですよね。たまたま出会った女性から、「いいものあるよ」と薬物を見せられ、それを一緒にやったこともありました。結局、20歳のときに東京に出てきて、ずっと調子に乗っていたから、ゆがんだまま年齢を重ねていった結果だと思います。