文春オンライン

「ガンダム」「ヤッターマン」メカニックデザイナー大河原邦男のデザインマンホールが爆誕

マンホーラーの巡礼――多摩編 #1

2020/04/22
note

 新型コロナウイルスが市民生活に大きく影響をあたえている。何故かそんなご時世に旅行ガイド本が売れている。家にいながら妄想旅行をするためらしい。なるほどと思う。

 東京都に新しいデザインマンホール蓋が増えた。「マンホール蓋研究家」あるいは「マンホーラー」としては嬉しい限りだ。東京都23区は東半分西半分にわけて、すでに紹介している。次に紹介するのは多摩地区だ。武者震いする。多摩地区は81か所。東京都23区は32か所だった。そう、多摩地区の方が多い。

稲城市・ガンダム蓋

 今は蓋のために旅することはひかえて、この蓋のガイド記事を読んで妄想旅行をしてもらえればと思う。マンホール研究家がどんなことを考えているのかを覗き見てもらえると嬉しい。

ADVERTISEMENT

 何を楽しんで見ているのか、何を考えているのか、その楽しみまで共有してもらえたら、もっと嬉しい。もちろん感染症の心配がなくなったらドシドシ見に行ってほしい。当たり前だが、蓋は野外にある。大勢で密集して見るようなものでもない。街歩きをして気も晴れるし運動にもなる。わりと良い趣味だ。

立川市・くるりん蓋

 せっかくだから、蓋を見る心得をはじめに紹介しておこうと思う。

「マニアの悲しみ」というのがある。素直に楽しめないというやつだ。キャッキャッうふふふ、と楽しみたいのだが、この鋳物メーカーはどうとか、施工がどうとか塗装がどうとかつい考えてしまう。本質的に邪念だ。

 新しい蓋を見るときは邪念を消さなければいけない。無心の気持ちで見る。これがなかなか難しい。趣味の世界ではいつまでも若々しくいたいのだが、経験を積むと、あらさがしをする中年のかなしみが出てしまう。かなしい。初めて見るというのは1回だけだ。ピュアに楽しむ心で見て、原初的な喜びを味わなければいけない。

「ああ、いい蓋だ」としみじみ味わった上で、記録をとるように観察する。違い、特徴、個性を感じる。それを言語化して研究して共有していきたいと思う。新しい視座で世界が拡張する。それではどうぞ。

※4月20日現在、新型コロナウイルスの影響でスタンプラリー、マンホールカードは中止となっています。再開予定はどちらも未定ですが、いずれマンホールめぐりができるようになる日のために情報として記しておきます。

小金井市――カラー蓋でありながら味わいが出ている

 蓋に描かれたキャラクターは「桜水くん」。「おうすいくん」と読む。下水道が処理をする「汚(お)水」と「雨(う)水」を「桜(おう)」に置き換えることで、小金井市の名物、小金井桜とのイメージを重ねているそうだ。小金井市下水道事業イメージキャラクターだ。

小金井市 桜水くん蓋(スタンプラリー対象)(マンホールカード特別版)
住所:東京都小金井市本町6-14 武蔵小金井駅南口駅前  ほか4か所あり

 無難にキレイで誰も傷つけず毒にもならず薬にもならない。ポリティカリーコレクトなキャラクターだ。こういうキャラクターを見るたびに札幌市下水道科学館の「汚泥くん」を思い出す。

札幌市下水道科学館 汚泥くん紹介ページ

 汚泥をキャラクター化、名前は汚泥くん。そのままだ。実際の汚泥より色は明るめ。グッズ展開もしている。このぐらいのインパクトで下水道を広報されると腰がくだける。楽しい。圧倒的な正義を感じる。応援したくてたまらない。無難にキレイを装うと、本当に毒にも薬にもならない。残念な気持ちになる。ちっともキャラクターが頭に入ってこない。

 いけない。邪念だ。これが、あらさがしをする中年のかなしみだ。日常の中でささやかに貢献している市井のキャラクターを蔑ろにしてしまった。縁の下の力持ちへの敬意を失念してた。反省します。すみません。

 否定的なことを書いてしまったが、これは良い蓋だ。本当にそう思ってる。カラー蓋でありながらカラー樹脂の充填面積が少ない。鋳物の味わいが出ている。全面にカラー樹脂をいれると美しいのだが、たまには無骨に鋳物の肌を見せてほしい。セザンヌがキャンバス全面に油絵具を塗らず部分的にあえて余白を作ったように、色のない余白が蓋としての存在を完成させるために効果的にはたらいている。

小金井市 桜水くん蓋

 桜水くん蓋のデザインは、観光資源化を目的としているというより、下水道広報のためのデザインになっている。東京都23区の蓋を紹介した時にも書いたが、下水道のイメージアップと市民アピールという下水道広報目的の蓋が、近年になっていつの間にか観光資源となっていった。実は、その文脈の中で桜水くん蓋は面白い立ち位置にいる。

 桜水くん蓋は「東京都 デザインマンホール蓋設置・活用等推進事業」という観光資源の予算で製作された下水道広報蓋だ。錯綜している。面白い。観光資源化していいのに律儀に下水道広報をしている。哺乳類なのに卵を産むカモノハシに似ているかもしれない。下水道広報系デザインマンホール蓋と観光資源系デザインマンホール蓋の中間にいるこの蓋を「カモノハシ系デザインマンホール蓋」と名付けてみたいと思う。

マンホールカード配布場所

小金井市商工会(東京都小金井市前原町3-33-25)

配布時間:9時~17時(休日のみ)