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岡江久美子さん「人生プラマイゼロでちょうどいい」 阿川佐和子さんに打ち明けた「笑いと愚痴と人生」

特別公開「阿川佐和子のこの人に会いたい」#2

source : 週刊文春 2002年7月11日号

genre : ニュース, 芸能, 社会

 4月23日、女優でタレントの岡江久美子さんが新型コロナウイルスによる肺炎のため、都内の病院で亡くなった。63歳だった。

 

 TBSの人気情報番組「はなまるマーケット」のメイン司会を務めていた2002年、週刊文春の対談連載「阿川佐和子のこの人に会いたい」に登場、阿川さんに“意外な素顔”を明かしていた。特別に全文公開する。


出典:週刊文春2002年7月11日号(※記事中の年齢、日付、肩書などは掲載時のまま)

<「『献身的な愛情は長続きしないから』……岡江久美子さんが阿川佐和子さんに明かした“理想の夫婦像”」より続く>

◆ ◆ ◆

一人で「『スター千一夜」ごっこ」

岡江 一人っ子だから、いろんな想像して、「『スター千一夜」ごっこ」ってやってませんでした?

阿川 何それ。知らない、そんなの。

岡江 石坂浩二さんが司会で、スターにインタビューしてたの。あれに憧れて、自分がスターになった気分で、「今日のゲストは岡江久美子さんです」「ど~も」とかブツブツ一人でやってたの。

阿川 司会じゃなくてゲストのほう?

岡江 ゲスト、ゲスト。

阿川 気分はもう女優だったのね。

岡江 あとお人形が好きで、当時、ナルちゃん人形って、徳仁親王にちなんだ人形があったんですよ。そのお人形を抱っこして混んでるバスに乗ってるお母さん役というのが好きだった。前に座ってる人が席を代わってくれて、「あ、すいませ~ん」って(赤ちゃんをかばうように)こう座ったら、(軽く会釈して)「どうも」っていうのをよくやってた。

阿川 どこが面白いの、それ(笑)。

岡江 そういう場に自分を置いちゃうのがおかしいでしょう。

岡江久美子 ©文藝春秋

阿川 いつ頃やってたんですか。

岡江 小っちゃい頃だろうと思ってたら、この間、引っ越しをしたときに、中学・高校時代に友達とずーっとやってた交換日記が出て来てね。「今、受験勉強中です。背中にはジュンちゃん背負ってます」って書いてあるの(笑)。

阿川 お人形背負って受験勉強してたわけ?

岡江 うん。面白いから娘に見せたら、全然勉強してないのがバレバレで、「ママも私と変わらないね」って言われて、もう母親の威厳、全然ないんです。

阿川 一人っ子って変わった遊びをするんですね。

岡江 もう一個のヒットは、ご飯食べるテーブルがついたベビー・サークルのテーブルをカポっと後ろに倒して、そのテーブルの丸く空いたところに入って、ベビー・サークルを曳きながら、「い~しや~きいも~」って、一人でグルグル家の中を歩いてたの(笑)。

阿川 (しばし絶句して)……ユニークな子だという自覚はありましたか。

岡江 ううん、普通(笑)。

「小学校のとき、宗教をつくっちゃった」

阿川 えー、話を戻しますと、小学校のときから演劇部に入ってらして。

岡江 『真夏の夜の夢』を『真冬の夜の夢』に変えたのをやりましたね。女神の銅像も胸にドッジボール入れてつくっちゃって、こんなにデカイの(笑)。私は主役の妖精の男の子で、「雪!」って言うとほんとうに上から雪が降ってくるの。みんな一生懸命やってくれるのに感動してましたね。主役っていいなあって。

阿川 主役がいいのね。

岡江 でも、演出もやりました。私が考えた『八月三十一日』っていう劇。サブタイトルが『豚が飛んでる』(笑)。これ、一時、学校で流行りました。何か都合が悪いことになると、「あっ、豚が飛んでる」って言うの。

阿川 才能あるじゃ~ん(笑)。

岡江 あと、やっぱり小学校のとき、宗教をつくっちゃった。ポンポン様というの。手首にレース巻いて、「ポンポン様、ポンポン様」って言って遊ぶだけだけど、信者も10人ぐらいいた。

阿川 ナンなの、この人は !?(笑)

岡江 だから、自分が宗教に入るよりも、宗教つくるタイプ。

阿川 つまり自分中心なのね。

岡江 実は。今でも“自己チュー・岡江”なんです。