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《見城さんOKだって。なるべくはやく出してくれって!》

 箕輪厚介氏は、双葉社に入社後、2015年に幻冬舎へ転職。幻冬舎ではNewsPicksとの共同発行で堀江貴文著「多動力」や落合陽一著「日本再興戦略」、前田裕二著「メモの魔力」などのヒット作を次々生み出す。今では朝の情報番組「スッキリ」(日本テレビ系)などにも出演する“有名編集者”だ。

箕輪厚介氏 ©文藝春秋

「2017年4月、松浦さんと幻冬舎社長である見城徹さんの対談本『危険な二人』(幻冬舎)が出版予定でしたが、箕輪さんは『松浦さんの初めての書籍は書き下ろしで出したい』とボヤいていました。そこで箕輪さんは『松浦さんと仲のいいA子が頼めば、松浦さんは書き下ろしの書籍出版を承諾してくれるだろう。そうなれば、見城さんも了承せざるを得まい』と考えたようです」

 A子さんにとっては願ってもない依頼だった。しかし、ひとつ不安なことがあったのだという。

「エイベックス元社員としてもライターとしても夢のような仕事ですから、もちろん引き受けることにしました。ただ以前、松浦さんは『自分の本なんて恥ずかしくて出したくない』と言っていたことがあった。松浦さんが承諾してくれるか不安だと漏らすと、箕輪さんから『まず「折り入ってご相談があります」と深刻なテンションで話を持ち掛けてみて』とアドバイスされました。その指示通り、2016年12月3日にLINEで松浦さんに連絡をしました」

A子《折り入って本気で話したい内容だから、日月火どこかで15分もらえないかな。お仕事の話。》(松浦氏・A子さんのLINEより 2016年12月3日12時52分)

箕輪氏とA子さんの当時のメッセージ。松浦氏に依頼した直後「松浦さん快諾してくれました!」

「松浦さんからはすぐ返信があって、12月3日深夜に松浦さんの自宅で取材依頼をしました。箕輪さんからは『最初は、言いにくそうな顔するんだよ。そのあとに本を出したいって言ったら絶対OKしてくれるから』と言われていたのでその通りにしました。すると、松浦さんは『なんだ、そんなことか!』とすぐに了承してくれたのです。当時から箕輪さんは“天才編集者”などと呼ばれていましたが、その通りだなと素直に思いました」

A子《箕輪さん戦法、やくだってます 「折り入ってお話が…」という深刻な前置き笑》

箕輪《嫁によく使うw》

松浦氏が書籍出版を承諾した後、箕輪氏と交わしたメッセージ。「箕輪さん戦法、やくだってます」「嫁によく使うw」

 A子さんが松浦氏の自宅に出向いた後、松浦氏と箕輪氏がそれぞれ見城氏に連絡し、見城氏からも出版の了承を得たという。

松浦《見城さんOKだって。ただ、なるべくはやく出してくれって!》(松浦氏・A子さんのLINEより 2016年12月4日12時37分)

箕輪《見城さんと話した!やる気だった!四月て言ってたから年末までに全部聞いて、一月末には書き切らないと笑》(箕輪氏・A子さんのLINEより 2016年12月4日)

箕輪氏とのメッセージ。「見城さんと話した!やる気だった!」

 こうして見城氏の指示通り4月に出版することを目指し、松浦氏の自伝本の取材はスタートした。しかし、見城氏はなぜ「なるべく早く出せ」と、自伝本出版を急ぐよう指示をしたのか。それには理由がある。この自伝本には「松浦氏の離婚公表」という業界騒然の“隠し球”を仕込むことができるからだった。