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のん、はじめてのフェス日記――なぜこのタイミングで本格的な音楽活動を始めたのか?

「今は音楽の時期ですね。デビューに向けて頑張らないと」。事務所独立、改名から1年。今年の活動について尋ねられたのん(24)は、はっきりとこう語った。8月には初めて夏フェスに出演し、音楽活動を本格始動させたのん。これからの展開と、音楽にかける思いを聞いた。

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「間違えちゃったところがいっぱいありました……。でも楽しかった! 物凄い方々との演奏の中で歌えることが幸せでした。最高の時間でした!」

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 自らの出番を終えてバックステージに小走りで戻ってきたのんは、興奮さめやらぬ様子でこう話してくれた。“恐竜のしっぽ”を楽しげに揺らしながら。

©iStock.com

 8月6日、葛西臨海公園・汐風の広場で開催された音楽フェスティバル「WORLD HAPPINESS 2017」(ワーハピ)。岡崎体育、コトリンゴ、くるり、電気グルーヴ……総勢14組の出演アーティストの中でトリを飾ったのは、このフェスのキュレーターをつとめる高橋幸宏だった。午後5時50分、高橋のアクトが始まる時刻になると、それまでの熱帯のような暑さがウソのように、東京湾から心地よい乾いた風が吹きはじめた。1曲目に『今日の空』が披露されると、真夏の空は次第に夕暮れの色に染まっていく。

のんは「もともと、ロックの人」

 高橋の率いるバンドはそうそうたる顔ぶれだ。小山田圭吾(コーネリアス)、砂原良徳、TOWA TEI、ゴンドウトモヒコ、LEO今井らMETAFIVEのメンバーに加え、高野寛、沖山優司、白根賢一、堀江博久、矢口博康ら実力派ミュージシャンが脇を固める。さらに、THE BEATNIKSとして35年以上高橋とともに活動するムーンライダーズの鈴木慶一までも加わった。この日、のんは、ギター&ボーカルのスペシャルゲストとして、このバンドに参加したのである。

©TEAM LIGHTSOME

 6曲目の『My Bright Tomorrow』が終わると、高橋が「もともと、ロックの人なんだよね」と紹介し、のんを招き入れた。真っ赤なテレキャスターを抱えて飄々とステージに登場するのん。緊張しているのか、心なしかMCの声がうわずっている。高橋は「のんちゃん、思いっきりいってください」と優しく声をかけ、鈴木慶一は「冥途の土産だな、こりゃ」とボヤいて笑いを誘う。そして、ドラムの高橋がカウントを取って始まったのは、サディスティック・ミカ・バンドの名曲『タイムマシンにおねがい』だ。

 歌や演奏はもちろんだが、それ以上に観客の目を引いていたのは、のんの独特な衣装だった。ティラノサウルスをイメージしたという、恐竜のしっぽのバルーンアート。舞踏会風(?)のドレス。盛り盛りにアップしたヘアスタイル。のんいわく、『タイムマシンにおねがい』へのリスペクトを込めて、みずからの衣装に「ジュラ紀」「タップダンス」「鹿鳴館」「ポンパドール」という時空を旅する歌詞の要素を「全部、詰め込みたかったんです」とのこと。シックなモノトーンの衣装でまとめた高橋バンドのメンバーの中、のんは鮮やかに目立っていた。ステージに出てくる前は、舞台袖で少しだけ背中を丸め、カチンコチンに緊張していたのんだったが、曲が始まると一変して、伸び伸びとギターをかき鳴らし、笑顔で1曲を歌い切った。

©TEAM LIGHTSOME

「8月6日なので、心を込めて歌いたいと思います」

 今年のワーハピの主役は、間違いなくのんだったと言えるだろう。実際、大忙しだった。トリのステージから、さかのぼること5時間前の午後1時過ぎ。コトリンゴの演奏が行われているセンターステージの舞台袖にも、のんの姿があった。コトリンゴの演奏をモニターで見ながら待機していたのんは「緊張、しまくり!」と落ち着かない様子。

 3曲目。コトリンゴは「8月6日なので、心を込めて歌いたいと思います」と話し、ザ・フォーク・クルセダーズの『悲しくてやりきれない』を歌いはじめた。コトリンゴがカバーした同曲は、昨年大ヒットしたアニメーション映画『この世界の片隅に』の主題歌だ。戦時下の広島で懸命に生きるすずの声をのんが担当したことは、ほとんどの観客が知っている。そして、奇しくも8月6日は72年前に広島へ原爆が投下された日。夏フェスとは思えない静寂が会場を包んだ。コトリンゴの歌声と蝉の声だけが響いている。

 コトリンゴが1フレーズを歌ったところで、ゆっくりとした足取りでのんが登場。その場にいる皆が一瞬息を飲んだ。のんは、すずを彷彿とさせるアイボリーのワンピースで現れたからだ。1コーラスずつ、ゆっくりと穏やかに、歌いあげる。決して巧みではないかもしれない。しかし、まっすぐ伸びやかに透き通ったその歌声に、「まるですずさんが歌ってるみたい」と涙ぐむ観客も。コトリンゴとのんの歌声は、時を超え広島への鎮魂歌となって、夏の青空に溶けていった。

新人レーベル代表はじめました。

 なぜこのタイミングで本格的な音楽活動を始めたのだろうか。実は、のんは8月4日に自らが代表をつとめる音楽レーベル「KAIWA(RE)CORD」(カイワレコード)を立ち上げている。それを記念して制作したのが、カセットテープ「オヒロメ・パック」である。

「オヒロメ・パック」 ©KAIWA(RE)CORD

 A面に『タイムマシンにおねがい』、B面にRCサクセションの『I LIKE YOU』が収録されている。どちらも当時のオリジナルメンバーたちがレコーディングに参加。「オヒロメ・パック」は、ワーハピ限定で500部が販売され、午前11時の開場からわずか3時間で完売したという。

 のん本人に、音楽にかける意気込みを聞いた。