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コロナ不況でも、入社ゼロ日で会社から失踪…慶應卒ゆとり新入社員の言い分

都内の偏差値70の有名私立中高一貫男子校出身の川崎さん。中学時代から続けた陸上の経験からか身体は引き締まり、落ち着いた好青年といった印象を受けるが、大学3年生を迎えて取り組んだ就職活動に身は入らなかったそうだ。

ノータイ、ノージャケットで最終面接に挑む

「振り返れば就活をする覚悟も、しない覚悟もなくて中途半端でした。それがよくなかったのだと思います。就活サイトに登録したものの、エントリーシートもめんどくさくて出せなかったり、面接を無断欠席して行かなかったり……。でもなぜか1社だけ最終面接まで進んだんです。ただ、当日スーツのジャケットとネクタイが見つからなくて、遅刻して探すか、このまま行くか迷って、ネクタイもジャケットもなしで最終面接に行きました」

しかし、結果は内定。あっけなく川崎さんの就活は終わった。

「面接はたいした話はしていません。SPIテストの難易度が高かったので、地頭の良さを重視していたのではないかと思います」

晴れて内定を獲得し、内定者向けの研修が始まった。彼が内定先に違和感を覚え始めたのはこの頃からだった。

「10月から毎月課題が出されました。内容は、課題図書の要約と感想文、エクセルなどのオフィスソフトの操作、英語ニュースの翻訳。無理を強いられたものではなかったですし、ちゃんと新卒を育てるいい会社じゃんと思いました。ただ、僕は中学生のときから課題を課されるのは苦手だったんです」

「アルバイトと海外旅行で課題は一つも出せませんでした」

結果、川崎さんは課題を提出ができず、会社から何度も最速の連絡が入ったという。

「人事担当者は、電話口で『遅れてでも出そう』と優しく励まし、11月、12月を過ぎて年をまたいだときには『1月分だけでも』と譲歩して連絡してくれたんです。でも、こっちはバイトをしたり、卒業旅行でヨーロッパに行ったりしているうちに、どんどん月日は流れていく。時間もないしやる気もない。最終的に課題はアルバイトと海外旅行で一つも出せませんでした」