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「グアムの近くに落としたらどう思う?」核ボタンを自慢したがる男がとった奇怪な行動とは……

『金正恩の実像 世界を翻弄する独裁者』より #2

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 “親愛なる指導者”である父・金正日の死亡により、最高指導者としての地位を実質上継承した金正恩。就任以来、彼は数多くの弾道ミサイル発射実験、核兵器実験を行い、世界を騒がせ続けている。兄・金正男暗殺への関与疑惑や、本人の死亡・重体説など、国際ニュースで彼の話題を目にしない日の方が珍しいとすらいえるだろう。

『金正恩の実像 世界を翻弄する独裁者』(扶桑社)は、特異な行動を繰り返し、世界中から耳目を集めようとする男の知られざる出自・思想に迫った1冊だ。合計100時間以上にも及ぶ関係者への取材を通じて浮かび上がった、独裁者の知られざる実像について引用し、紹介する。

 トランプ大統領が就任直後「アメリカにとって単独で最大の脅威」と発言して以来、急激に緊張関係が高まったアメリカ・北朝鮮の両国。彼らは潜在的敵意をどのように抑え、最悪の事態を免れたのか。

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群れのボス争い

 他に類を見ない、原始的な、群れのボス争いだった。

 トランプの脅しは、自分は邪悪なアメリカ人から北朝鮮の人々を守っているという金正恩の主張の証左になった。この国家は、アメリカは敵国であり北朝鮮を破壊しようとしているという前提の上に築かれているのだ。トランプの発言は、それを裏づけるように思われた。

 偶然にも、米軍と韓国軍は、毎年恒例の大規模演習を開始するところだった。水陸両用機が浜辺への上陸訓練を始め、ジェット戦闘機が、北との境界線からたった数10キロの韓国内の演習場に爆弾を落とした。

 ホワイトハウスの国家安全保障担当補佐官、H・R・マクマスターは、もし北朝鮮が核兵器プログラムを急速に促進し続けるなら「予防戦争」に突入することになると警告した。彼はこれを「北朝鮮がアメリカを核兵器で脅迫することを防止する戦争」と定義した。

 マクマスターは、イラク侵攻前を思い起こさせる言葉遣いで話していた。「野蛮なならず者国家についてまわる危険は、強調してもしすぎることはないと考えます。(金正恩)は空港にいた自分の兄を神経ガスで殺害したのですからね」(*11)

*11 2017年8月5日のMSNBSインタビューでのH・R・マクマスターの発言。

 米韓両軍は、北朝鮮の指導者に対する「斬首作戦」の実施訓練を活発に行い始めた。韓国はスパルタン3000というエリート兵士による専門の「斬首部隊」を創設した。韓国の諜報機関によると、緊張の高まったこの時期に、金正恩はしばしば移動計画を土壇場で変更し、居場所を特定させないようにしていたという。

 北朝鮮は対抗措置として、アメリカ領グアムをミサイルで「包囲」し、「アメリカ人を炎で飼い慣らす」と脅迫した。また、北朝鮮高官が「最も強硬な対抗措置をとるための『引き金』に我々の手を近づける」と断言して、核攻撃を匂わせて脅迫した。

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北朝鮮とアメリカの衝突の危機

 アジア北東部に──そしてワシントンのそこかしこに──北朝鮮との衝突がリアルな見通しになってきたことについて、明白な懸念があった。

 日本は第二次世界大戦以来となる、ミサイルの飛来に備えた訓練を行った。韓国人は予測不可能で扇動的な新アメリカ大統領のことを不安に思っていた。ハワイでは、冷戦期にまでさかのぼるサイレンのネットワークを当局が復活させた。

 ワシントンでは、慎重なアナリストでさえ、衝突の可能性を50パーセントよりも高く見積もっていた。

 この恐れは、マクマスターや他のトランプ政権関係者が、戦争抑止力──冷戦を通じてアメリカの核政策の基盤をなしていたもの──は、もはや北朝鮮には効果がない可能性がある、と示唆したことでさらに高まった。

 そしてトランプは、その代わりに北朝鮮に対して「最大限の圧力」作戦を開始し、制裁をいっそう強化するよう求めた。