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LINEでセクハラ被害を“実況”SOS

 濱松さんはB子さんにミスコンの方針について、運営側と考えが合わないとたびたび悩み相談をしていたという。そんな折、8月2日深夜に濱松さんから都内クラブ「X」でA氏からセクハラを受けている、とリアルタイムで連絡が入ったのだ。B子さんのLINE画面を確認すると、日付が変わった3日午前2時頃から、断続的に濱松さんからメッセージが送られてきている。

《めっちゃチューしてくるこの人》(1時56分)
《めっちゃお尻さすってくるww》(2時2分)

「めっちゃチューしてくるこの人」
「めっちゃお尻さすってくる」

 B子さんは心配で、寝ずに動向を見守っていたという。

「明日香が店を出たのは2時半ごろだったと思います。帰りのタクシーの中から電話をしてきてくれました。『ないわ~』と笑って済ませようとしていましたが、やはりショックではあったようです。セクハラの経緯を語っている最中に黙りこくったり、感情の浮き沈みが激しかったり、いつもの様子とは明らかに違っていました」(同前)

 当日、クラブ「X」では何が行われていたのか。取材班が帰宅途中の濱松さんに声をかけると、戸惑いながらもセクハラ被害の全容を打ち明けた。

「相談したいことがあるから来てくれないか」

「その日は恵比寿で友達と夕飯を食べていたのですが、Aさんから『相談したいことがあるから来てくれないか』と連絡がありました。友達を連れてきてもいいと言われたので、3人で会ったのですが大した相談もなく、22時半頃に友達だけ先に帰ってしまいました」

 しかし濱松さんの友人が先に店を出た後で、A氏はこう切り出した。

「『濱松はミスコンを盛り上げてくれているし、運営で話し合って20万円を支払おうってことになった。受け取ってくれるか?』と聞かれました。20万円なんて大金、受け取れるわけがありません。ミスコンのために頑張っていましたが、自主的にやっていたことですし。それと、私を“釣る”目的なんじゃないか、とも思ったので」(同前)

 ファイナリストらは協賛企業のイベントに参加するなどの活動もしていたが、濱松さんは「やりたくないことはしたくない」と参加に消極的なこともあったという。

「私は学生生活の一部としてミスコンの活動を楽しんでいたので、強制的にビジネス的なものに協力させられるのは嫌だったんです。でもそれ以外の活動はすごく楽しんでいたので、運営側ともっといい関係を築くにはどうすればいいだろうと考えていたところでした。そんな時に『20万円を支払う』なんて言われたので、やっぱり煙たく思われていたのかと落ち込みました」(同前)