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「14年前の事務局長選」で尾身茂はなぜ負けたのか? トランプも激怒する“WHOの中国シフト”

“テドロス当選”の裏にも中国の影が……

 4月14日、トランプ米大統領は、WHO(世界保健機関)への米国の資金拠出を停止するよう指示した。とくに新型ウイルスが中国・武漢市で発生した当初のWHOの対応に疑問を投げかけ、「WHOは基本的な義務を果たさなかった」「新型ウイルス拡散の深刻な不手際と隠ぺいにおいてWHOが担った役割を調べる間、資金拠出を停止するよう指示している」「新型コロナのパンデミックが起き、アメリカの惜しみない拠出が最大限生かされたのかとても懸念している」と。

 米国は、新型コロナに関して、感染者も死者も、中国を抜いて、いまや「世界最大の被害者」だ。大統領選を控えたトランプ氏からすれば、そもそも新型ウイルスの蔓延を許した中国の責任を問いたくなるのは、当然だろう。

 だが、トランプ氏の言うように、本当に、WHOと事務局長のテドロス氏(エチオピア出身)は「中国寄り」で、パンデミックの責任は、WHOと中国に帰すべきなのか。

習近平と握手するテドロス事務局長

WHO内での覇権は「米国から中国へ」

〈アフリカ人初の事務局長のテドロス氏は、(略)2017年の事務局長選では186カ国中132票という圧倒的得票で当選して以来現在の職にあるが、国連貿易開発会議が2020年に公表した「世界投資の傾向」によれば、2019年のエチオピアへの直接投資額は25億ドル、このうち60%は中国による。テドロス氏が選挙を勝ち抜いた背景には、2014年に習近平氏が広域経済構想「一帯一路」を発表して以降、確実にアフリカ票を抑えるようになったことがあると言われている〉

 このように中国の影響を指摘するのは、WHO西太平洋地域事務局勤務の経験もあり、WHOの内部事情に詳しい医師の村中璃子氏だ。

〈WHOにおける中国政府の猛プッシュは今回に始まったことではない。(略)2006年の事務局長選には、現在、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の副座長を務め、当時、マニラにあるWHO西太平洋地域事務局の事務局長を務めていた尾身茂氏も立候補したが、その後、2期10年を務めることになるマーガレット・チャン(陳馮富珍)氏に敗れている。当時尾身氏は、「アフリカはすべて私に投票すると約束した」と当選に自信を漲らせていたというが、中国政府はアフリカはもちろんのこと、太平洋の小さな島しょ国にまで熱心に外交努力をしていたようだ〉

現在は「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」で副座長を務める尾身茂氏 ©AFLO

〈WHOのスタッフの定数は拠出金の額と比例している。そのため、WHOへの拠出額第1位の米国は長年、WHOで最もスタッフ数が多く、最も発言力のある国だった。しかし、中国が拠出金とスタッフを増やし、事務局長選にまで大きな影響力をもつようになると、WHO内での覇権は次第に米国から中国へとシフトしていった〉

感染症関連予算を削ってきたトランプ政権

 2000年代後半以降、WHOが「中国寄り」にシフトしていったのは、確かなようだ。だが、村中氏は、トランプ政権の問題も同時に指摘する。

〈米国疾病予防管理センター(CDC)は、疫学調査からワクチン開発、パンデミックやバイオテロ時の実務まで、感染症対策を包括的に担う諜報機関である。かつてのCDCは、一国の感染症当局であるというだけでなく、WHOと覇権を争うほどの強力な存在だった。ベトナム戦争で枯葉剤を使用、2001年には炭疽菌事件を経験した米国にとって、感染症(バイオセキュリティ)は国防の要であり、保健福祉省だけでなく国防総省マターでもあった〉