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ネットカフェ難民の日常に迫る――誤魔化し続けた危機感の先にある暮らしの実態

『年収100万円で生きる-格差都市・東京の肉声-』より#1

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 日本ではバブルがはじけて以来、ワーキングプアと呼ばれる年収200万円未満の低所得層の人口が増え続けている。日本には現在でも約1000万人以上のワーキングプア層がいるが、これは日本の労働人口の約4分の1にも及ぶ。所得が低ければ生活水準が低下するのは当然のことだが、「貧すれば鈍する」ということわざの通り、貧困は人々のモラルを劣化させる大きな原因のひとつにもなっている。

 日刊SPA!にて1000万PVを叩き出した「年収100万円」シリーズを書籍化。それに伴ってジャーナリストの吉川ばんびが各章のコラム、第5章を書き下ろしたまとめた新書『年収100万円で生きる-格差都市・東京の肉声-』(扶桑社)よりインタビューを抜粋し、現代日本に巣食う貧困の実態を見る。

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悪臭漂う、難民ご用達の「超激安ネットカフェ」
山北辰治さん(仮名・37歳)男性
出身/福島県 最終学歴/高卒 居住地/大田区蒲田 居住形態/ネットカフェ 年収/110万円 職業/アルバイト 雇用形態/日雇い派遣 婚姻状況/未婚

身分証明書なしで使え、わけありな人が集う店

 定住先をつくらず、インターネットカフェなどに寝泊まりする人、いわゆる「ネットカフェ難民」は、2018年に行われた東京都の調査では4000人いるとされる。1泊1000円程度で長期滞在者を受け入れる格安ネットカフェは都内に増加しているが、なかでも日雇い労働者の斡旋所があった大田区蒲田には、難民たちが集う「A」という店がある。人が集まる理由は1時間100円、1週間滞在で1万円という価格の安さ、そしてネットのない個室ならば“身分証明書なし”で利用できるからだ。雨露をしのごうと、わけありの人たちが集まってくるのである。

「A」は古い雑居ビルの4~10階に店を構え、約150ある部屋は平日の昼でも半分以上が埋まり、寝転がることのできるフラットシート席は常に満席。長期滞在者たちは、シャワー室で使った濡れタオルをドアにかけて乾燥させている。使い込まれたタオルの蒸気なのか、はたまた労働者たちの体臭なのか、店内はネットリとした臭気が充満していた。

「この空気に馴れるまで、1か月はかかりました」

モラルの欠けたスペースは「まるで結核病棟」

仕事疲れと明日への不安、その全てが蓄積した個室で膝を抱えて暮らす ©扶桑社

 そう話すのは、山北辰治さん(仮名・37歳)。現在は日雇い仕事を中心に、年収110万円程度。この店を拠点にネットカフェ暮らしを始めて、3年がたつという。

『年収100万円で生きる-格差都市・東京の肉声-』

「住み込みで建設現場の仕事をしていたのですが、体を壊して出ていくはめになり、住めるネカフェを調べてここにたどり着きました。くさいし、いびきはうるさいし、咳き込む人が多くてまるで結核病棟のよう。はじめは落ち着かなかったけれど、馴れれば気にならなくなります」

“住民”の中には自分の家といわんばかりに私物を積み上げ、個室上部から“ゴミの山”を露出させている者もいる。また、個室のドアを全開にして寝る者など、モラルという言葉はここには感じられない。

「コインロッカーに家財道具を預けている人もいるけれど、節約のため僕は使いません。日中は日雇い仕事で疲れているから掃除なんてできないし、まぁ、私物で散らかっているくらいのほうが、自分の家のようで安心できますよ。でも、ゴミだらけの個室が多いせいか、虫がいるのは嫌ですね……。夏場は小蝿が飛び回るし、ダニみたいな虫に刺されたときは参りました」

 確かに、デスク脇に放置されたカップ麺の中には、数匹の羽の生えた虫が死んでいた。山北さんはこのネットカフェを「仮住まい」というが、なかなか抜け出せない理由が存在する。