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愚直な取材者だからたどり着けた「正しさ」の意味――「ハイパーハードボイルドグルメリポート」

丸山ゴンザレスが『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(上出遼平 著)を読む

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『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(上出遼平 著)朝日新聞出版

 著者の上出遼平さんは、テレビ東京のディレクターである。本書のタイトルにもなった同名の番組は、上出さんが世界各地の危険な場所に行き、そこで生きる人が何を食べているのかを取材しているドキュメンタリー番組だ。テレビで放送されたリベリアの少年兵、台湾マフィア、ロシアのカルト宗教団体、ケニアのゴミ山の4テーマからなる番組本だ。

 行間に迷いを挟む余地もないほど膨大な語彙と丁寧な記述が埋め込まれた500ページ超(多分私より言葉知ってる)。これを上出さんは自身で書いたというのだから力作だと思った。映像が本職のディレクターが、わざわざ映像以外、しかも紙媒体でこれほど力を込めてまで表現したかったことがあるというのは、よほどの強い思いがあってのことと思う。放送時間の尺やなにかとうるさいコンプライアンスが取り払われたからか、単なる記録を超えた、抑えきれない表現欲からか、本音のところはわからない。

 取材者ごとに見える光景が違うことをあらためて思い知らされた。

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 たとえば、心情を深く綴るような場面だ。リベリアの取材で曖昧な「正しさ」について触れている。上出さんにとって正しさとはうつろいゆくものであることが取材相手との交流を通じて丁寧に記述されている。愚直な取材者が真剣に取材対象に寄り添ってこそ至る考えである。一方で危険地帯ジャーナリストと呼ばれたりもする私はこうした貧困層の人たちとは、一定の距離を置き客観視に徹するようにする。気持ちを意図的に入れないのだ。真っ直ぐに向き合ったこともあったが、20年もそんなことを続けていたら、途中からは自分の興味を軸にして取材するため好奇心優先の旅人でしかなくなっていた。

 行きたいから行くだけの私と、きちんと取材対象に絡みつく上出さん。メインテーマにしても上出さんは食に興味があって生きるために必要なものとして取材しているのに対して、私はどんな暮らしをしていても食はエンタメだと思って取材してしまうし、観察するよりも自分が食べたいが先に立ってしまう。こうした違いが本書を読んでいると「こういうやり方もあるよな」と、刺さってくる。きっと、これは私だけではなく本書を読めば誰でも、自分なら何ができるかとか、どう向き合うかといったことを考えることになると思う。

 上出さんは、「ハイパーハードボイルドグルメリポート」のことをグルメ番組だとおっしゃっていた。しかし、この本を読んでもまったく腹が減らない。ディープなレポートのおかげで胃袋も気持ちも重くなるので、ダイエット効果もある良書といえるだろう。もちろん番組も刺激的なので、テレビ東京さんにはぜひとも上出さんをもっと積極的に海外に送り出してもらいたい。

 本書で私が一番好きなのは「さいごに」でまとめられたあるエピソードだ。そういう意味でも本編が終わっても気を抜かず、本当の最後まで読んでいただきたい。

かみでりょうへい/1989年、東京都生まれ。テレビディレクター・プロデューサー。早稲田大学を卒業後、テレビ東京に入社。「ハイパーハードボイルドグルメリポート」シリーズの企画、演出、ロケ、撮影、編集まで番組制作の全過程を担う。
 

まるやまごんざれす/1977年、宮城県生まれ。ジャーナリスト。著書に『世界の混沌を歩く ダークツーリスト』『世界の危険思想』など。

ハイパーハードボイルドグルメリポート

上出 遼平

朝日新聞出版

2020年3月19日 発売

愚直な取材者だからたどり着けた「正しさ」の意味――「ハイパーハードボイルドグルメリポート」

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