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「JR東日本の礎を築いた男」が84歳で逝去 松田昌士氏の記憶

2020/06/01

「国鉄改革三人組」の一人で、JR東日本の社長、会長を歴任した松田昌士(まさたけ)氏が5月19日、逝去した。享年84だった。

「通夜は22日、告別式は23日に都内の斎場で行われたのですが、新型コロナの緊急事態宣言下でもあることから、ご遺族の意向で、近親者のみで執り行われました」(JR関係者)

道路公団民営化でも尽力 ©文藝春秋

 1936年、北海道の国鉄職員の家に生まれた松田氏は、北海道大学大学院を修了後、国鉄に入社した。

「松田氏は職員局能力開発課長を務めていた81年当時、既に経営難に陥っていた国鉄の改革を訴える急先鋒だった。自民党運輸族ともパイプがあり、改革案を、国鉄上層部に内密に練っていたのです」(同前)

 そして分割・民営化前年の86年、国鉄再建実施推進本部の事務局長に就任。後にJR西日本の社長となった井手正敬氏(85)、同じくJR東海の経営者に就いた葛西敬之氏(79)とともに、当時の中曽根康弘内閣が断行した分割・民営化を国鉄内部から推し進めた。

 民営化後はJR東日本の常務に就任。その後、副社長、社長として10年にわたって「JR東日本の経営の礎を築いた」(同前)。

 だが、その一方で松田氏は、JR東日本発足以来一貫して、極左セクト「革マル派」の最高幹部だった松崎明氏(2010年に死去)率いる最大労組、「JR東労組」(東日本旅客鉄道労働組合)との「労使協調」路線を歩み続けたことから、旧国鉄・JR関係者から度々、「JR東日本労使癒着の元凶」と指弾されてもいた。