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愛知県豊田市で下校中に大けが なぜ被害者である姉妹が転校を余儀なくされたのか

小1女児は「つきたおされたのがどうがになって心の中で見ちゃう」

2020/06/15

「県外に引っ越しをすることにしました」

 今年4月、Cが入学した中学校の担任と面談を行った。

「小学校からの申し送りは詳細ではないようです。小学校での対応、なぜ不信感を抱くようになったのかなどは、知らない様子でした。ただ、学校側からは『(BとCの)クラスを端と端で分ける』『会わせないように配慮する』と伝えられました」

 加害者からはいまだに謝罪もないという。Aの母親は、今後も指導を行っていくのか、と学校側に聞いている。

「『今のところ考えてはいなかった』『私たちにそれを決める権限はない』との返事でした。謝罪もさせていない生徒に指導をしないんですね。だから未だに家の前を平気で通るんですよ」

 小学校からの問題を解決できずに、結局、中学まで持ち越しをしてしまった。教員が異動してしまえば、指導の継続性もままならず、時間が経てば、「まだそのことで?」などと言われかねない。これでは加害者が近所にいることもあり、生活がしにくくなる。

「今でも、AとCの2人は現場を通ることができません。B(加害児童)と同じ学年のCを同じ中学に通わせるのは難しいです。転校を考えています。安心して預けられませんし、Cも同じ学校には通いたがらないのです。県外に引っ越しをすることにしました」

 斎藤教授は「家族が100%被害者の側に立って、対応したことは非常によかったと思います。結果として改善につながらないとしても、AとCには、『家族が自分のために闘った』という記憶が残るので、非常にいい対応だと思います」と述べる。

 他県に引っ越しをすることになったことについては、こう指摘した。

「同じ県内なら、どこに行っても同じだと思ったのではないか。しかし、これがいまの学校の平均的な対応なのです。被害者は、泣き寝入り。転校をすることになります。それが学校側には成功体験となってしまっています」

写真はイメージです ©iStock.com

「校長も市教委の担当者も一生懸命に対応したとは思います」

 豊田市教委学校教育課は電話取材に応じ、一連の事実関係は大筋で認めた。その上で、「もともとは、被害児童の保護者からいじめという訴えはなく、傷害事件という捉え方でした。しかし、昨年の秋ごろ、いじめの重大事態ではないかとの訴えがなされました」と説明した。

 学校でのいじめ対策委員会での会議を経て、学校としても市教委としても「いじめの重大事態」として認定したが、第三者調査委員会の設置は見送った。

「アンケート調査でも他のいじめが確認できず、教員たちからも報告はありませんでした。また、警察でも、加害児童と保護者から事情聴取を受けています。被害児童の気持ちもわかりませんでした。そのため、これ以上調査することは困難と判断しました。また、学校としても再発防止策を取り、加害児童への指導も終えていることも、考慮しました」

 姉妹2人が転校することになったが、学校の対応は適切だったのだろうか。市教委としては「事件が起き、初期の対応の中で、被害児童の側と加害児童の側ですれ違いが起きたものとみています。事件当時、すぐには『事故報告書』があがっていないので、なんとも言えませんが、すぐに報告がされていれば、学校と一緒になって助言はできたとは思います。ただし、その時の校長も市教委の担当者も一生懸命に対応したとは思います」と、振り返った。

「Cちゃんはとばっちりですよね」

 学校とのやりとりで、こんなことがあった。Aが2019年4月に転校し、Cが不登校になったときのことだ。

 母「誰を守りたいんですか?」

 校長「Aちゃんです」

 母「もう(転校したので、学校には)いないですよ。Cが学校に行けないのはなんなんですか?」

 校長「Cちゃんはとばっちりですよね」

「このときの『とばっちり』という表現に違和感を抱きました。その表現は適切なんでしょうか。それとも、その程度のこと、と言いたいんでしょうか。怒りの感情が沸きました」

 事件から1年半が経つが、姉妹の心の傷は未だに癒えていない。

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