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日本人の“高い衛生観念”はいつ生まれた? 磯田道史が語る「疫病の日本史」

天皇の王権も、伊勢の祭祀も、はじまりは疫病だった

〈実は、この国の天皇の王権も、伊勢の祭祀も、はじまりは疫病であった。今日、この国の人々は高い衛生観念をもつ。今回、新型コロナの波を乗り切るにあたっても、その力が大きかった。この不思議な国民の衛生コンピテンシー(行動特性)は、いかに培われてきたのか。歴史をさかのぼって考えておく必要がある〉

 こう述べるのは、歴史家の磯田道史氏だ。

1700年前に日本列島を襲った疫病

「西暦300年頃の崇神天皇5年に、列島で疫病が流行し、国民の大半が死に、その社会不安のなかで、現在の天皇につながる王権と祭祀が誕生した史実をおさえておきたい」として、こう指摘している。

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纏向遺跡にある箸墓古墳。奥が三輪山 ©共同通信社

〈その頃、三輪山麓の纏向周辺には「都市」が生まれていた。日本最初の都市という研究者もいる(寺沢薫『王権誕生』)。それまで牛馬は列島にいなかったが、纏向からは馬具がみつかっているから、大陸との交流がさかんになりはじめていた。さらに、巨大古墳を築造するため各地から人が集められたのも影響しただろう。疫病が流行れば、免疫をもたぬ日本列島の人々は感染爆発がおきて、ひとたまりもなかった。古墳は人々を殺していたのかもしれない〉

 つまり、かつて疫病が日本列島で大流行したのも、「都市の誕生」「大陸との交流」「巨大古墳の築造」など、今日とまったく同じように、「人口」の増加・移動・密集がきっかけだったというのだ。