昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「この顔は売れないよ。今からでも、やめた方がいい」

「この顔は売れないよ。絶対に無理だ。見れば分かるだろう。なんでこんな子をデビューさせるんだよ。やめておいた方がいい。今からでも、やめた方がいい」

 芸能の世界では知らない人のいない大御所がそう言うと、他のプロダクションの社長もこぞって右へならった。私は、リングの中央でパンチの連打を浴びせられるボクサーのようにフリーズする。

 ふと、専務がどうしているのかと思い、その様子を目の端でうかがうと、何もなかったように、黙って聞いている。でも、その時、テーブルの下で握った手のひらがゆっくり拳になって、少し震えているのが見えた。

「M 愛すべき人がいて」より引用

 旧態依然とした芸能界のなかで、2人が孤独な闘いをスタートさせる“名シーン”だ。

ドラマでマサ役を演じる三浦翔平 ©AFLO

 実際、松浦氏は周囲の芸能関係者から「浜崎の顔では売れない」と反対されたと、『AERA』(2008年10月6日号)で明かしている。現実にも同じ事があったようだ。が、松浦氏がA子さんに語ったエピソードは、小説「M」とは少し趣が違っていた。実際には、大手芸能事務所の社長X氏は、浜崎に入れ込む松浦氏に対して、こんな話をしていた。

松浦氏《Xさんが「あゆ呼べ」って言って、あゆ呼んで、あゆと俺とXさんとたまたま3人で、Xさんが「松浦、もう結婚してやりゃあいいじゃないか、彼女にしてやりゃいいじゃないか」って。「僕結婚してますから」って。(するとX氏が)「結婚してるって、じゃあ離婚したら付き合ってくれんのか」って。いやその時本当にタレントと付き合うのご法度だったから、「もし(妻と)別れたらね」なんていっても……。別れたけど言えなかったよ》

小説に描かれた誠実で純粋な恋の始まり

 ほどなくして松浦氏は当時の妻と離婚をするが、すぐに浜崎と交際することにはならなかった。

 小説「M」ではマサの離婚後、あゆがマサへFAXでラブレターを送っている。マサへの恋心を率直に綴りつつも、自分とマサの関係は歌手とプロデューサーであり、今後もその関係に徹するつもりだと宣言する。しかしラブレターを読んだマサは、「お前が必要なんだ」などと書いた短い返事をFAXで送り、あゆに電話をかけ、あゆの母親のもとへと挨拶に赴くのだ。

チャイムが鳴って、私がドアを開けると、スーツを着た専務が立っていた。そして、私には目もくれず、私の後ろに立つ母に一礼すると、こう言った。「あゆみさんと付き合っています。真剣です」「…………」私も母も、声を出せぬまま、その言葉に立ち尽くす。

「M 愛すべき人がいて」より引用

松浦氏の秘書を演じる田中みな実 ©AFLO

 その後、あゆとマサは横浜にあるマサの実家でも交際していることを報告し、帰り道に夜の横浜の海を見ながら、初めてお互いの手に触れ、帰りの車中でキスをして帰路につく。有名プロデューサーと平成の歌姫の恋の始まりが、かくも誠実で純粋なものだったのかと読者の心を打ったことだろう。しかし、松浦氏はこの時のエピソードをA子さんにはこのように語っている。

z