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長野3人死亡 姉弟を拳銃で殺したヤクザ “美魔女元妻”への異常な執着

 長野の山間部にある長閑な集落の一軒家に、宵闇の中、巨漢の男が白いベンツで乗り付けた。懐には黒色と銀色の回転式拳銃が2丁。玄関を激しく叩いた後、脇の窓ガラスを割って中に押し入る。直後、若い姉弟と男の叫び声が上がり、3発の銃声が鳴り響いた――。

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 5月26日の深夜、長野県坂城町の市川武範さん(55)の自宅で男女3人が倒れているのが見つかり、いずれも死亡が確認された。

「亡くなったのは市川さんの長女・杏菜さん(22)と次男・直人さん(16)、そして六代目山口組系暴力団玉木組の若頭・小沢翔容疑者(35)。侵入した小沢が、玄関付近で杏菜さん、少し離れた部屋で直人さんの頭をそれぞれ至近距離から銃撃した後、自身の右のこめかみを撃ち抜いて自殺したとみられます」(社会部記者)

犯行現場となった市川さん宅

 家にいて唯一助かった市川さんの妻が犯行を目撃。家を飛び出し、近所の住宅に「救急車、呼んでください!」と助けを求めたことで事件が発覚した。

 小沢はなぜ、このような凶行に及んだのか。

「小沢と市川さんの長男の間に、小沢の元妻A子さんを巡るトラブルがあったようです。A子さんと長男は県内の製造業の工場で働く同僚。小沢は以前から長男の車を壊すなどの嫌がらせを繰り返し、事件の2日前には上田市内のコンビニ駐車場で長男に殴る蹴るの暴行を加え、逮捕状が出ていました」(同前)

 長男は事件当日、再度の襲撃を警戒して、県警に保護され不在だった。小沢が直人さんを襲った際には、長男の名前を叫びながら発砲していたという。

亡くなった次男・直人さん

 この小沢は、地元でも札付きのワルとして有名だった。知人が証言する。

「アイツは県中央部の村の出身で、中学時代から教師を殴って捕まったり、傷害で少年院にも入っていた。高校には通わず、『極龍會』という暴走族の幹部になって15、6人をまとめていた時期もある。当時からヤクザの兄貴分がいて、準構成員のような感じだった」