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自社ビルを建て、大学新卒者を採用……芸能プロを「普通の企業」にした男の引退

 創業60周年を迎えた大手芸能プロダクション「ホリプロ」のファウンダー最高顧問・堀威夫(たけお)氏(87)が6月17日、退任した。

「1955年に故・渡辺晋氏が興し、60~70年代の芸能界を牛耳ったのが渡辺プロダクション(ナベプロ)。それに対し、明大在学中からバンドマンとして活動したのちホリプロを創業した堀氏は、ナベプロに追いつけ追い越せの一方で、興行界を一般企業として認知させるべく奔走した世代」(音楽制作関係者)

バンド時代はギタリストだった堀威夫氏 ©共同通信社

 舟木一夫(75)やザ・スパイダースらに続き、堀氏自ら大阪でスカウトした和田アキ子(70)を売り出したホリプロ。その地位を盤石にしたのが73年デビューの山口百恵(61)だった。

「百恵はしばらくブレイクせず、性を連想させる方向性を打ち出した『ひと夏の経験』で軌道に乗った。百恵は三浦友和との結婚・引退を快諾してくれたことで今も堀氏を深く信頼しており、堀氏もまた自ら漬けたタクアンを彼女に送り続けているといわれる」(同前)

 堀氏の念頭には、常に盟主ナベプロの存在があったという。

「渡辺晋氏は『自社ビルはいらない』『社員に学歴はいらない』と語っていたが、堀さんはそれに抗するかのように自社ビルを建て、大学新卒者を採用。東証一部上場も果たした(のち上場廃止)。長男の小学校面接の際、仕事を問われて『芸能プロです』と答えたら相手の表情が変わった、という経験から、『この商売を社会に認知させなければと思った』という。社員は“業界人”らしくなく、もっぱらスーツ姿でお堅いイメージ。所属タレントも給料制が主体」(芸能プロ関係者)