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連載名画レントゲン

ドラマチックに描かれた絵画が「動いて見える」のはなぜーーヤコポ・ティントレット『天の川の起源』

ヤコポ・ティントレット『天の川の起源』(1575年頃)

2020/06/27

 この絵、「何かが起きている」とは思っても、その先はどう見たらいいんだろう、と考え込む人も多いはず。

 私はテキサス大学で美術史学を勉強しましたが、帰国すると、日本の老若男女が西洋名画に強い関心を抱きつつも「この見方で合ってるのか?」と謙虚な不安を抱えていると痛感しました。

 知らないと分からないことは沢山あるのですから、絵の歴史的背景・描かれた物語を知ることは確かに大事。

 でも、見ただけで分かることも意外とあるのです。「レントゲン」で人体の内部を解明するように、名画もその構造を把握し、何故そう感じるのかが分かれば、絵の背景にある歴史や物語を知る楽しみも一層広がると思います。

 それぞれの「好き」と思う理由がクリアになれば、自分とは好みが違う人の「好き」も尊重できるようになるはず。そうなればお互い楽しいですよね! ということを伝えたくて、この連載を始める運びとなりました。

ヤコポ・ティントレット『天の川の起源』

 では本題。ヤコポ・ティントレットは16世紀ヴェネツィア共和国で活躍した画家。ルネサンスの画家は綽名で呼ばれがちですが、彼の呼び名も染物師(ティントーレ)の息子であることにちなみます。この絵もそうですが、人々が大げさなくらい激しいポーズをとっていて、ドラマチックな絵を描くのが特徴。

この名画、実は下部1/3が失われている
ヤコポ・ティントレット『天の川の起源』 1575年頃 油彩/カンヴァス ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵

『天の川の起源』は、中央の女神ユノの乳房に、夫ユピテルが抱えた赤子のヘラクレスがまさに吸いつかんとする場面。ユノは突然起こされて驚き、赤子を押しのけたため、こぼれ出た乳が天の川になったという起源話が素に。ユピテルは自分と人間のアルクメネの間に生まれたこの子に、こっそり妻の女神ユノの乳を飲ませて神にしようと目論んだのですが、画家はその企てを、右の天使の「網にかけようとする姿」で象徴させています。

 不思議なもので、絵は動かないものなのに、この絵のように動きを感じられるものと、静止したように感じられるものがあります。その違いはどこにあるのでしょう?