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「三次元の嫁は増やさないで」と妻

 実は、祐太朗は前述のSNSで〈二次元嫁の全身パネル2体と三次元嫁が同居するカオスな家で楽しく暮らしております〉と綴っていた。前出の知人が明かす。

「自宅にアニメ『冴えない彼女の育てかた』のヒロインの等身大パネルを飾り、帰宅するとキスをするのが日課。奥さんも彼の趣味を尊重し、『三次元の嫁は増やさないで』と言っています」

祐太朗の自室には等身大パネルが(ツイッターより)

 もっとも、若い頃から女性にはモテモテだった。成城高校時代の友人が言う。

「同級生に日本マクドナルドの創業者・藤田田の孫娘や田代まさしの長男などもいたが、祐太朗の存在感は別格でした。後に俳優デビューする次男の貴大と共に“三浦兄弟”として名を馳せ、告白待ちの行列ができたという逸話もあったほど」

 本格的に芸能活動を始めたのは24歳のとき。中学校の同級生らと組んだバンドでデビューしたが、音楽性の違いで活動休止し、ソロに転向した。12年に松山千春の自叙伝が原作の舞台「旅立ち〜足寄より」で俳優デビュー。舞台をプロデュースした渡邉裕二氏が語る。

「800人以上の中からオーディションで主役の座を射止めた。俳優としてほとんど実績がなかったが、努力家で役作りも熱心。千春さんも歌唱力と音楽的な才能を高く評価していました」