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「カイロ大学卒業証書」に残る疑問

 カイロ大OB(1995年中退)のジャーナリスト・浅川芳裕氏は、同大学の性質をこう指摘する。

「国立であるカイロ大学の権力を握っているのは、エジプトの軍部や情報部です。学長・学部長の任命権は軍のトップ・シシ大統領にあり、大学の管理棟は軍服組だらけ。門外には治安部隊の駐屯所があり、扉の内には内務省諜報部の天下り警備会社 『ファルコン』の武装スタッフが配置されている。大学の強権管理に反対する学生もいますが、2010年以降、100人以上が逮捕され、10人近くが亡くなった。今回の声明でも、何の根拠も示さず、『エジプトの法令に則り対応策を講じる』と、一連の取材・報道自体を封じて罰しようとしている」

 浅川氏は以前、カイロで小池氏の父・勇二郎氏(故人)とも会っている。

「勇二郎氏は当時、『なにわ』という料理屋を経営していました。私が店でカイロ大にいることを話すと、なぜか敵視されました。『お前は百合子とは違う』『百合子は氷に足を漬けて歯を食いしばって勉強したんだ』と。私を貶めて、愛娘の凄さを確認したかったのかもしれません」

反響を呼んでいる『女帝 小池百合子』(文藝春秋)

 15日、小池氏は会見で、お友だちメディア以外にも初めて卒業証書を公開。そこには「76年10月に行われた試験の結果、学位を与える」とあるが、小池氏は「自由にご覧頂きたい」と語るのみで、『女帝』でも再三示されてきた疑問には答えない。著者の石井妙子氏が言う。

「これまで不鮮明な証書しか見ることが出来ませんでした。今回ようやく小池氏が卒業証書を示しましたが、本人からは何の説明もありません。76年の10月上旬は同居女性とエジプトで国内旅行をし、その後小池さんは日本に帰国しました。その際、日本で取材を受けた記事に『9月にカイロ大を卒業した』とあり(76年10月27日付の東京新聞)、サンケイ新聞(10月22日付)には『10月11日に帰国した』とも記してある。記憶の鮮明なこの時期のインタビューに、なぜこんなに辻褄の合わない間違いが生じるのか。さらに言えば、同年8月、ハイジャック事件が起こって新聞にコメントを求められたとき、彼女は自らの身分をカイロ大生ではなく、『日本航空駐在員』としていたのも不可解です」

 小池氏は自著『振り袖、ピラミッドを登る』(82年)で、「一年落第」と記している。にもかかわらず72年に入学して76年にストレートで首席卒業と書いている点も謎のままだ。