文春オンライン

連載文春図書館 著者は語る

「移民で女性」マイノリティの私が、あえて「労働者階級の中高年男性」を書いた理由――ブレイディみかこ

著者は語る 『ワイルドサイドをほっつき歩け』(ブレイディみかこ 著)

note
『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』(ブレイディみかこ 著)筑摩書房

 英国南部・ブライトンの「元・底辺中学校」へ通う息子の日常を描いた『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は50万部超えのベストセラーとなった。新刊エッセイでは、新自由主義と緊縮財政のあおりで苦しい生活を送りつつも、ユーモアと友情に救われながら恋も仕事も諦めない、英国労働者階級の中高年男性たちを活写し、こちらも発売2週間で10万部を突破した。本書にはダンプ運転手であるブレイディさんの「連合い」の幼馴染みの“おっさん”たちが多数登場する。1970年代に文化社会学者ポール・ウィリスは、カルチュラル・スタディーズの古典『ハマータウンの野郎ども』で、反抗的で反権威的な英国の労働者階級の若者たちが、なぜやがては肉体労働を選び、既存の社会階級の枠におさまりに行くのかを研究しているが、まさに当時の少年らがブレイディさんの伴侶の世代なのだ。

「労働者階級の中高年男性は、若年層やミドルクラスと比べると、EU離脱賛成派が多かったんです。彼らは“排外主義者”と呼ばれ諸悪の根源とみなされがち。移民で女性という、いうなればマイノリティの私のような人間が、白人で男性という、大雑把にいえばマジョリティの彼らの身になって書いてみた一冊です。前作で提示したコンセプト『エンパシー(自分と違う考えを持つ他人のことを想像する知的な能力)』の試みだったかもしれません」

 ブレイディさんの「エンパシー」がすぐれて発揮されているのが「ワン・ステップ・ビヨンド」と題された一篇。本書内で唯一人の上流階級出身のおっさんデヴィッドが、いかにいけ好かない人物であったかがまずこと細かに語られる。銀行に勤務していた端正な紳士だが、英国王室命の右翼で、無料の国民医療制度(NHS)の価値を認めず、「EUなんていらない。日英同盟の復活です」と宣いブレイディさんを呆れさせる。

ADVERTISEMENT

「でも共通の友人のパーティーでマッドネスがかかると、スカ大好き、と言って上手に踊る。息子のスカ風ポークパイ・ハットを被せてやったらあまりに嬉しそうなので差し上げた。しばらく会わない間に亡くなっていたのですが、寝室に息子の帽子が置いてあったそうです。それから想像し始めちゃって。彼はゲイだったのですがあの世代、アッパーミドルで同性愛者というのは、人知れぬ苦労があったのではなかろうか。普通に生きていればスカなんて労働者階級の音楽を聴く階層じゃないわけですよ」

ブレイディみかこさん ©筑摩書房

 ホームレス青年を家に泊め金目のものをごっそり盗まれた倉庫勤務のショーン、認知症の母親を看取り、愛犬と暮らすスーパー勤めのスティーヴ。おっさんの数だけ“小説”がある、と言いたくなる程の味わいだ。

「コロナ下で英国では、在宅勤務不可能な職種、感染の危険に身を晒して働く労働者“キーワーカー”への敬意が高まっています。夜8時に家の前に出て、キーワーカーに感謝をこめて拍手をした時期もありました。これを“偽善”と嫌う声もあって、屋内でのうのうと過ごすホワイトカラーが労働者をおだてて働かせていると。でも私は子供らから『サンキュー、キーワーカーズ!』と言われてスティーヴたちは喜んでいると思う。先日偶然スーパーに出勤途中の彼に出会ったのですが、真面目なきりっとした顔をしていました。誰でも出来る低賃金の仕事に就く負け組の男ではなくて、自分が人の為になる、社会的に意味のある仕事をしていることを知っている、かつての格好よかった労働者階級の表情だったんです」

ブレイディみかこ/1965年、福岡県生まれ。修猷館高校卒。96年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で勤務したのち保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年『子どもたちの階級闘争』で新潮ドキュメント賞。

「移民で女性」マイノリティの私が、あえて「労働者階級の中高年男性」を書いた理由――ブレイディみかこ

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

週刊文春をフォロー