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角幡唯介「あなたの探検や本は社会の役に立ってないのでは」に言いたいこと

2020/07/19
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――シオラパルクには、角幡さんの犬が12頭いるんですよね。犬との共同作業はどうでしたか。

角幡 自分で橇を引くより難しいですね。ただ体力があればいいわけではなく、犬橇は高度な技術を求められます。犬たちとの関係をどう築くかも重要です。突然暴走し置いていかれたりもするので、めちゃくちゃ危険なんですよね。この犬はこういう状況でどう動くか、犬の個性を全て把握して、「自分は絶対に犬をコントロールできる」という自信がないと一人で遠隔地には行けないです。昨年よりは上達しましたし、シオラパルクに1972年から移住して猟師生活を送っている〈エスキモーになった日本人〉こと大島育雄さんにも、「1年目でそんなところまで行ける人はいないよ」と言ってもらいました。

今年3月下旬から犬橇でグリーンランドを漂白。12頭の犬が北極圏の旅の相棒に ©角幡唯介

探検や冒険が何かの役に立つことがあるとすれば

――「社会の役に立つべきか」に話をもどすと、角幡さんの行為や書き残したものから、読者は異文化や異界と接点ができて、「社会」の枠組みをもう少し広く捉えなおすことができるんじゃないかと思うんです。

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角幡 もし何かの役に立つことがあるとすれば、繰り返しになりますけど、僕の考えでは「批評」だと思っているんです。僕が社会のシステムの外側に出ることで、社会にいる人は僕の行動を見る。内側に残された人が、内側についての矛盾や限界を考えるきっかけになる可能性があるし、そこからフィードバックや影響を受ける人も出てくるかもしれない。その時にたとえば「大変だな、生きるってこういうことなのか」と、もしかしたら思うかもしれない。そういう意味で、僕は探検や冒険には批評性があると考えています。

――探検や冒険に限らず、生き方も批評性を帯びてきますよね。

角幡 文芸評論家の加藤典洋が、『日本人の自画像』で「内在」と「関係」について、とても面白いことを書いていました。国粋主義的ともいわれる本居宣長の「物のあはれ」について論じているところで、仮に自分の内側からこみ上げる「内在」だけを突きつめていくと、当然の帰結として、一見狂気じみた考えに至らざるを得ない。ただしその「内在」がどこかで外側とぶつかった時、初めて「関係」が生じると。宣長は内在で突き進み、最後まで関係の視点をもてなかったから独善的に陥った。しかし、そもそも内在がないと、自分の生に触れることはできず、他者由来の生を生きることになり、実存が陥没してしまう。

 そこで、さっきの娘の道徳の教科書の話にもどると、あれはまだ内在的論理のまったく育っていない小学生に、関係の視点だけを押しつけているからおかしいわけです。一種の洗脳みたいなもので。関係の視点が真に生きてくるのは、宣長みたいに内在を突きつめた後の話なんじゃないでしょうか。そういう意味じゃ、若い人が外側の論理にからめとられて、社会の役に立たないと、と焦る気持ちも理解できないではない。20代なんてまだ何者でもないですから。

「内在」と「関係」をどう見出して生きるか

角幡 僕の探検は、極めて私的な活動です。でもその私的なところを突きつめれば、普遍に到達するんじゃないかと思っています。書くという行為は、その文章を読んでくれる読者との関係性の中でしか成り立たない営みです。表現という行為が自分一人で完結することはあり得なくて、発表し、見たり読んだり聴いたりする相手がいて、初めて成立します。僕はやりたいことだけやって、自己完結的に生きているように見えるかもしれませんが、いつでも書く立場としての視点が強くあり、自分の行動の意味はどこにあるんだろうと考えます。それが僕にとっての「関係」です。もし書くというアウトプットがなければ、「内在」だけで生きていくことになる。それはそれで、よりすごいことになるのかもしれないけど。

©角幡唯介

――誰にも知られることなく、たった一人で北極圏を旅する……。誰にも知られず絵物語を描き続けたヘンリー・ダーガー的な行為でもありますね。

角幡 でも僕は書くことによって、どこかで自分の行為を外からの観点で解釈し、消化したり、意味づけしなければならない。そのことによって、一応「内在」だけではなく「関係」も見出しながら生きています。今回みたいに「社会の役に立ってないのでは」について語るというのも、その視点があるからできることでもある。

――読者と角幡さんのやっていることが全然つながらないように見えても、「関係」は作れると。

角幡 でも、こんなふうに言えば、役に立つとか有用だとかいう視点って、付けようと思えばいくらでも付けられるんです。まあとにかく、僕は社会にとって有用ではない活動をつづけていきたいと思っているわけです(笑)。

かくはた・ゆうすけ/1976年北海道生まれ。探検家・作家。早大探検部OB。主著に『空白の五マイル』、『アグルーカの行方』、『漂流』、『新・冒険論』など。『極夜行』で、本屋大賞ノンフィクション本大賞、大佛次郎賞を受けた。

極夜行

唯介, 角幡

文藝春秋

2018年2月9日 発売

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唯介, 角幡

文藝春秋

2019年2月15日 発売

角幡唯介「あなたの探検や本は社会の役に立ってないのでは」に言いたいこと

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