絵には見て分かることと、見ただけでは分からないことがあります。巨匠レンブラント・ファン・レイン作『34歳の自画像』の場合、そのどちらにも興味深い見どころが。見て分かるのは、帽子をかぶった男性が毛皮のついた洋服を着て、窓枠のようなところに右ひじを置いた姿で描かれているということ。この観察事実をもとに「これがレンブラントなんだろう」とか「なかなか写実的だな」などと判断できます。
そして、知らないと分かりようもないことも沢山。まず、この服装はレンブラントの生きた17世紀のものではなく、それより100年くらい前の16世紀のものなのです。21世紀の日本人にはそう言われてもピンと来ないかも。
16世紀といえば、西洋美術史に輝くルネサンス時代。ミケランジェロやラファエロ等の名高い芸術家達が活躍しました。そして、実はこの絵のポーズ、ルネサンスの巨匠の1人ティツィアーノの『ジェローラモ(?)・バルバリゴの肖像』(1510年頃)という作品からインスパイアされたものなのです。優れた画家は全てにおいて独創的に違いない。そんな誤解があるかもしれませんが、巨匠レンブラントでも完全な創案で描くのではなく、このように伝統を踏襲することは珍しいことではありません。
右:ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『ジェローラモ(?)・バルバリゴの肖像』1510年頃
更に、ルネサンスの巨匠達になぞらえて「レンブラント」とファーストネームで右下に署名しているのは注目です。これらのことから、レンブラントは自分をミケランジェロ等に並ぶ存在と自負し、それをこの作品で表現したということが分かるのです。
そんなの見ただけでは分からないよと不安になってきた方。見て分かることはまだあるので安心してください。
構図は翻案であると述べましたが、レンブラントが加えた独創的な部分もちゃんとあり、荒々しくも的確な筆さばきがそれ。うなじあたりの髪の毛のひっかいたような描写や、明部が暗部からロウソクの明かりで照らし出されたような表現に窺えます。
なんといっても「窓枠」にも重要な役割があるのを忘れてはいけません。これはパラペットといい、ルネサンス期の肖像画によく見られます。絵の空間と絵を見る人が属する空間を繋ぐ存在。ですから、画中の人物の腕をパラペットに載せて描くことで、絵の中からこちらの世界に突き出るような騙し絵効果が生じます。
パラペットにはもう一つ働きが。人は絵に見かけ上の重みを感じるもので、三角形や雪だるまのように下の方が「重く見える」とバランスがとれていると感じます。画家は向かって左寄りに描かれ、左目と鼻先が縦の中心線に沿っていることからも、画面左側に重心が偏りそうなもの。しかし、パラペットの右側が明るく目立つことで三角形の底辺となり、安定して見える効果もあったのです。
INFORMATION
ロンドン・ナショナル・ギャラリー展
東京・国立西洋美術館~10月18日
大阪・国立国際美術館11月3日~2021年1月31日
https://artexhibition.jp/london2020/
●美術展の開催予定等は変更になる場合があります。ご来館前にHPなどでご確認ください。
