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井上氏への不満が噴き出し……

「井上氏は中田氏に代を譲った後も、山健組のオーナーは自分だと自負し、会費の中から一定額を懐に入れ続けてきた。さらに、神戸市内の自宅に防犯カメラを取りつけたなどと称して高額な費用を分担するよう山健の直参に強いることもあったと聞きます。そうした不満がここに来て噴き出したということです」(同前)

 造反を察知した神戸山口組の重鎮らが説得に動き、一旦は沈静化したかに見えたが、7月10日、健竜会は定例会で「5代目山健組」として離脱を表明。井上氏とは袂を分かち、中田組長のもとで、今後は一本独鈷の組織として活動する旨の通達も出されたという。

神戸山口組の井上邦雄組長

「山健組の若頭補佐で健竜会の現会長、西川良男氏は、中田氏と同じ和歌山県出身で暴走族時代からの子飼い。一度は組織と距離を置いていた西川氏を跡目に据えたのも中田氏です。その健竜会の離脱に複数の直参が同調する見込みで、彼らは7月11日に井上氏が緊急招集した山健組の会合も欠席していました」(同前)

 今回の騒動と時を同じくして、17年に井上氏に愛想を尽かし、神戸山口組を出た織田絆誠氏の「絆會」(元の任侠山口組)も解散が決定的になったという。