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note代表が見届けた真剣勝負「もう1局、指すなんて信じられない」

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第5期叡王戦七番勝負第3局・観戦レポート

2020/07/31

 7年前、新聞社に名人戦の観戦記を依頼していただいた。ちょうど会社を創業したばかりの猛烈にドタバタしていた時期で、その依頼をどうするかはさんざん悩んだのだが、森内俊之名人対羽生善治三冠、というゴールデンカードの魅力に抗うことは難しく、引き受けることになった。

 東京の椿山荘で行われたその対局は、森内名人が勝利した。

2013年、第71期名人戦七番勝負第1局で羽生善治三冠(手前)に勝利した森内俊之名人 ©時事通信社

 数日後、観戦記を書く私のために、まだ創業したばかりの弊社オフィスまで、森内名人がわざわざ訪ねて来てくれた。オフィスと書いたが、当時はまだ社員も数人で、20平米くらいの小さなワンルームだった。そこに時の名人が訪ねてきて、自分の将棋を解説してくれたのだ。

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 渋谷の片隅の雑居ビルの部屋に、私服の森内名人が座って、私と将棋盤をはさんで将棋を解説してくれている風景は、いま考えても不思議で、わざわざ来てくださった森内さんには感謝してもしきれないと思っていた。

 今回、叡王戦の第3、4局の観戦レポートを、文春オンラインから依頼いただいた。対局者が永瀬拓矢叡王と豊島将之竜王・名人という魅力的なカードなことにも加え、立会人が森内九段だという。それはやらせていただくしかない、ということで、今回このようなことになっている。

盤上の表現者である棋士というクリエイター

 いま私は、noteというウェブサービスを運営する会社を経営している。noteは、さまざまなひとが、自分の想いを発信する場として使われるサービスだ。いまでは学生や主婦、ビジネスマン、プロの作家、ミュージシャンなど、本当にさまざまなひとが使ってくれている。最近は、棋士・女流棋士の利用も増えていて、遠山雄亮さん山本博志さん上田初美さん山口絵美菜さんなどが情報を発信している。

 もともと私は出版社で編集者をしていて、作り手の想いを世に届ける手伝いを仕事にしている。いまの仕事もその延長にあって、ひとびとがどんなことを思っていて、それをどうやってみんなに伝えていくのか、ということに興味があるし、今後もそこを手伝っていけたらと思っている。

©文藝春秋

 将棋ファン歴は、――いま数えたら30年近くになっていて自分で驚いたが――けっこう長い。飽きっぽい私が、なぜこんなに魅力を感じ続けているのかを考えると、盤上の表現者である棋士というクリエイターに惹かれているのではないかと思う。一手一手の指し手に、棋士の想いや、意地とか人生とか、いろんなものが込められていて、それが対局ごとに正面からぶつかり合う。

対局の朝はガラガラの新幹線に乗って

 7月19日、日曜日の朝、私はコロナ禍でガラガラの東海道新幹線に乗って、東京の自宅から名古屋へ向かった。叡王戦第3局の対局は、名古屋の大須にある「亀岳林 万松寺」で行われる。

 13時前には、万松寺についた。商店街のアーケードに面しているお寺で、昨年の棋聖戦、一昨年の名人戦でも対局場に選ばれている。

対局会場となった名古屋の「亀岳林-万松寺」。叡王戦のポスターが貼り出されている(筆者撮影)