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「夜くらいは鍵を掛けて寝なさいね」と言われ……「トキワ荘」ただ一人の女性が振り返るあの頃

水野英子(漫画家)――クローズアップ

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 かつて豊島区椎名町(現・南長崎)にあった木造アパート「トキワ荘」には、若き日の手塚治虫、石森章太郎、赤塚不二夫、藤子不二雄、つのだじろうらが集い、切磋琢磨していた。この“聖地”は1982年に老朽化のため取り壊されたが、今年7月に「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」として甦った。

『白いトロイカ』『ファイヤー!』などを描き、少女漫画の新たな地平を切り開いた水野英子さんも、紅一点として58年にトキワ荘に入居。7カ月を過ごした。

「赤塚さん、石森さんと合作の仕事をするため、18歳の時に下関から上京しました。ペンネームは3人の頭文字を取って、U・MAIA。『巧いや』と読めるでしょう(笑)。合作漫画の制作は、ほぼ石森さんの部屋で行いました。一間幅の窓のそばの机に石森さんが座り、その後ろの卓袱台で私と赤塚さんが向かい合って。食事は赤塚さんのお母様が作ってくださるので、赤塚さんの部屋に行って食べました。一つ釜の飯を食べた仲だったんです。

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 トキワ荘で暮らした方は皆、江戸間(畳の寸法。一畳が176cm×88cm)の四畳半はかなり広かったと言います。ガランとしていて、後ろがスカスカしているように感じましたね。当初は3カ月くらいで帰るつもりだったので、私の荷物は柳行李のスーツケース1つ。部屋があまりに寂しいので大きな包装紙を買ってきて、絵を描いて壁に貼っていました。今回はそれを再現して、ミュージアムの復元された私の部屋に持ち込みました」

 

 ミュージアムの1階には、トキワ荘ゆかりの漫画や書籍を読める「マンガラウンジ」と企画展示室がある。現在、開館記念企画展「漫画少年とトキワ荘~すべてはここから始まった~」が開催中だ(9月30日まで)。

 2階は、水野さんたちが暮らしたトキワ荘の部屋や炊事場がリアルに再現されている。ちなみに、復元された部屋のふすま絵は水野さんが記憶をたよりに描いたもの。ミュージアムを訪れた際は是非じっくり見てほしい。

「やはり、その時代に漫画を描いていた私たちしか知らないことがあります。例えば、今はあらかじめ枠線が引かれた漫画用の原稿用紙が売られていますが、昔は全紙という真っ白な大きい紙を手ずから折り畳んで裁断する必要がありました。仕事を始める前の儀式のようなものですね。

 このマンガミュージアムを単なる見世物ではなく、歴史的な建造物として見てほしいというのが私たちの願いですので、展示品の細部に至るまでアドバイスさせていただいています」

「皆がドアを閉めずに暮らしていた」

 当時のトキワ荘は非常に開放的だったと、水野さんは振り返る。

「皆がドアを閉めずに暮らしていて、24時間ウェルカムという雰囲気でした。だから真向かいの石森さんの部屋からレコードの音がもろに聞こえてくるんです。赤塚さんのお母様には、『夜くらいは鍵を掛けて寝なさいね』と言われました(笑)。

 あの頃、漫画は“悪書”とされ、子供が読むと頭が悪くなると思われていました。漫画を描いているとはとても公言できず、家族にばれると勘当ものです。そんな時代に、私はトキワ荘で初めて漫画について心から語り合える仲間に出会えました。トキワ荘の噂を聞きつけて、漫画が好きな人、漫画家を志す人が集まって、本当に賑やかでしたね。石森さんと赤塚さんと一緒にお仕事できたなんて、今考えても夢のようです。奇跡みたいな数カ月でした」

みずのひでこ/1939年、山口県下関市生まれ。代表作に『星のたてごと』『白いトロイカ』『ファイヤー!』などがある。2010年、日本漫画家協会賞文部科学大臣賞を受賞。

INFORMATION

『豊島区立トキワ荘マンガミュージアム』
住所:東京都豊島区南長崎3-9-22、南長崎花咲公園内。
開館時間:午前10時~午後6時、毎週月曜休(祝日の場合、翌平日休)。入館無料。当面は予約制。
問い合わせ:03-6912-7706。
公式HP:https://tokiwasomm.jp/

「夜くらいは鍵を掛けて寝なさいね」と言われ……「トキワ荘」ただ一人の女性が振り返るあの頃

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