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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

2020/08/25

genre : ニュース, 社会

松永は「孝さんの死亡を見ていない」と供述したのか?

Q「孝さん、花奈ちゃん殺人容疑についての調書のなかで、まったく関与がないということでいいのですか? たとえば、一方だけはまったく現場にいなかったとか、そういう否認の仕方はなかったのですか?」

 ここで両弁護士は小声で相談を行う。

A「孝さんについてはですね、要するに、殺意を持ってなにか指示したとか、孝さんを殺すためになにか、これこれをやれ、というような指示をしたことはない、実行行為もしたことはない、と。ただ、(起訴状の)起訴事実ではなく、それ以前の電気コードによる通電については、『そういう行為はしたことはある。それが死因に結びついたら、場合によっては自分にも責任はあるかもわからん』、と。ただ、そのときの行為については、『自分は指示はしていない』ということですよ」

Q「松永は、孝さんの死亡を見ていないと?」

A「……まあ、同じマンションにはいました」

Q「死亡のときですか?」

A「死亡かどうかははっきりしませんが」

Q「起訴状の犯行日時に同じマンションにいたと?」

A「どの時点で同じマンションにいたかどうかはまだ、はっきりしません。そこは確認しておく必要があります。死亡したときなのか、通電したときなのか、ちょっと……。その辺のところは、我々に対しても、松永さんは詳しく言っていません。調書があってそれを見て確認しているわけではないので……」

※写真はイメージ ©︎iStock.com

Q「(孝さんの)死亡は松永は確認しているんですか?」

A「死亡の瞬間を見たかどうかは分かりませんよ。ただその、最終的に亡くなられたのは知っている」

Q「それは、死亡したあとの処理についても具体的に話しているから、死亡を見ているということですか?」

A「その後の死体については、運び出したりしていますから。まあとにかく、死亡したということは本人も分かっています」

黙秘を貫いてきた松永が7人の死を認めた

Q「最終的に亡くなったというのは、何人ですか?」

A「死亡は7人です。ただ、死んだということについて、まさに自分で見たのか、人から聞いた話なのか、というところは違いがあります」

 この7人とは、監禁致傷の被害少女・広田清美さん(仮名)の父・広田由紀夫さん(仮名)と、緒方家の親族6人を意味する。一部のメディアで報じられていた全員の死を、これまで黙秘を貫いていた松永が認めたというのは、大きな転換点だ。だがそれはあくまでも死亡の事実を認めただけであり、みずからの関与を否定する主張が、今後は繰り広げられることになる。

Q「孝さんについて、以前にも通電したのは、自分(松永)で通電ということですか?」

A「……そこはちょっと、確認できていません」