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連載名画レントゲン

風景画には「絵の入口」と「経路」がちゃんと用意されている――トマス・ゲインズバラ『水飲み場』

トマス・ゲインズバラ『水飲み場』(1777年以前)

2020/08/09

 18世紀のイギリスが誇る偉大な肖像画家ゲインズバラは『水飲み場』のような風景画も手掛けています。こういった絵を前にすると、「森の中で牛たちが湧き水を飲んでるな」と思ったらもう見終わったような気分になりますよね。でも、それで終わりは勿体ない気もしてきます。では、いったい他にどう見たら良いというのでしょう?

 風景画とは景色を見たままに描いたと思われがちですが、実は丹念に練り上げられたもの。特に、ゲインズバラが活躍した時代は自然に見えるけれど「いかにも絵になる風景」を画面にどう構築するかが腕の見せ所だと考えられていました。今回は、その「練られ具合」を堪能しましょう。

 まず、風景画には「絵の入口」と、見ていく順を示す「経路」が用意されていることがほとんど。それが分かれば画面を隈なく巡ることができ、絵の中の物語も少しずつ明らかになってきます。

 風景画の「入口」はどこにあるかというと、普通は画面の下端からスライドインできるよう、斜めの流れが作られています。この絵の場合は、右下からゆるやかに左斜め上にかけて、水中の子ヤギから白い牛、牛のお尻と繋がった水流というラインがあります。これがこの絵へ滑り込む「入口」なのです。その部分が明るくなっていて、最初にぱっと目をひきますね。

 いったん入口が見つかったら、あとはそれに沿っていけば良いのです。経路はほとんどの場合、ぐるっと円を描く「周回路」か「ジグザグ状」になっています。どちらなのかは、入口から辿っていけば自ずとあきらかに。では、進んでみましょう。

 水流を上へと辿ると水源の左あたりにもやっとしたものが見えます。ここには4人の人物がいて、1人が画面右側の方へ注意を促しているのが分かるでしょうか。

4人のうちの1人の腕がのびる先には「三角形状」の空の部分が見える

 このように、絵の中の人物が手で示したり、顔を向けていたりするところは「ここに注目」というサイン。そちらへ辿ってみてください。

 この絵の中で牛の群れの次に目を惹く部分とは、両サイドの木々に囲まれた、小さな三角形状の空の部分。どうやら、ここを指しているようです。白黒だと分からないのですが、ここは山際の夕暮れを描いています。青い空が暗くなりかけ、右端の部分はオレンジがかった黄色に染まるのを見て、画中の人々と同じく「あぁ、山に日が暮れていくのだなぁ」と思えばいいということ。もちろん、日の出の可能性も残っていますが……。

 ということで、この絵の経路は右下から入って左斜め上へ進み、ぐるりと上を回って画面を巡る「周回路」であると分かります。それを補強するように、両サイドから木々がこんもりと内側に向かっているので、一層中心部分に目が行く仕掛けでもあります。緑がドーム状に覆っているので、自然に抱かれているような守られているような穏やかさも感じ取れるのではないでしょうか。

INFORMATION

ロンドン・ナショナル・ギャラリー展
東京・国立西洋美術館 ~10月18日
大阪・国立国際美術館 11月3日~2021年1月31日
https://artexhibition.jp/london2020/

●美術展の開催予定等は変更になる場合があります。ご来館前にHPなどでご確認ください。

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