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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

誰一人として遺体はおろか、一部すら発見されぬまま……“母親殺し”で再びの逮捕劇

完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件 #23

2020/09/08

genre : ニュース, 社会

 2002年12月6日、松永太と緒方純子は、緒方の母・和美さん(仮名、当時58)への殺人容疑で再逮捕された。

 松永が午後5時7分、緒方が午後5時15分という遅めの時間の通常逮捕であり、逮捕事実は〈被疑者松永太、緒方純子等は被害者を殺害することを共謀し、平成10年1月20日ころ、北九州市小倉北区片野×丁目のマンションの一室で、緒方純子らをして被害者の頸部をひも様のもので絞め、同所において殺害したものである〉というものだ。その文面には〈緒方純子等〉や〈緒方純子ら〉との表現が用いられていることから、緒方家の親族の誰かが、殺害の実行行為に加わっていたであろうことが窺える。

 弁解録取書について、松永は少し興奮気味に「そのようなことはしていない」と否認するも、署名・押印はした。また緒方は「まちがいありません」と認めて署名・押印をしたという。

(写真はイメージ) ©️iStock.com

緒方純子の母・和美さんをどのように殺害したか

 その日、捜査一課幹部を囲んでの、この逮捕についてのレク(レクチャー)は次のようなものだった。記者をQ、捜査幹部をAとして記す。

Q「殺害の動機は?」

A「今後の捜査で明らかにしていきます」

Q「容疑事実の『松永等』(*文面では『緒方純子等』)の『等』とは誰ですか?」

A「言えない」

Q「少女(広田清美さん=仮名)の関与はあるのですか?」

A「可能性は低いでしょう」

Q「残りは緒方の親族しかないですが……」

A「言われない。ただ、少なくとも当時、小倉のマンションで生活していた人間であることは間違いありません」

Q「あえて名前を入れている以上は、実行行為に緒方は関与し、松永は指示役だったと受け止められますが……」

A「松永は指示役だったと見られますが、首を誰が絞めたかは言えません」

Q「凶器の『ひも様のもの』とは?」

A「布製のもので、室内にあったもの。特別なものではありません」

Q「殺害の時間帯は?」

A「夕方です」

Q「遺体はどうしたんですか?」

A「本件とは関係ないが、最終的には捨てた」

Q「どうやって? どこに?」

A「言えない」

Q「殺害方法として、初めてひもが出てきましたが、電気ショックはなかったのですか?」

A「殺害時にどうだったかはわからないが、日常的には電気を当てていたと見られます」

Q「それは少女や緒方の供述からですか?」

A「そうです」

Q「殺害時の状況を少女は見ていましたか?」

A「一緒に生活はしていましたが、見ていたかどうかはわからない。というより、私は知りません」

(写真はイメージ) ©️iStock.com

Q「和美さんは痴呆の気があったとの報道がありましたが、殺害の動機とのつながりはないんですか?」

A「わからない」

Q「緒方は任意調べの段階で殺害を認めたんですか?」

A「わからない」

Q「和美さんはいつ頃から松永らと同居していましたか?」

A「平成9年(1997年)4月頃です。同年12月頃には筑後地方の親族の家に行って親族と会っており、その時点までの足(足跡)はあります」