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本人が初めて明かした「持病」の真相――安倍晋三、12年前の独占手記「わが告白 総理辞任の真相」前編

source : 文藝春秋 2008年2月号

genre : ニュース, 政治

 8月28日、安倍晋三首相が辞任の意向を表明、歴代最長を記録した長期政権が幕を閉じることとなった。会見では「8月上旬に潰瘍性大腸炎の再発が確認された。病気の治療を抱え、体力が万全でない中、大切な政治判断を誤ること、結果を出せないことがあってはならない。総理大臣の職を辞することとした」と述べた。

 安倍首相は第1次政権時の2007年にも、持病の潰瘍性大腸炎が悪化して退陣している。当時、自身の病状や秘めた思いを雑誌「文藝春秋」に明かした“独占手記”を特別に全文公開する。なお、記事中の年齢、日付、肩書などは掲載時のまま。(全2回の1回目/後編へ続く)

出典:「文藝春秋」2008年2月号

辞意を表明し、記者会見に臨む安倍晋三首相 ©ロイター/AFLO

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なぜ私は辞任を決断するに至ったのか

 私は昨年(2007年)9月12日、内閣総理大臣の職を辞すことを表明し、9月25日に安倍内閣は総辞職いたしました。2006年9月の首相就任以来、私の目指す国づくりに期待を抱き、支持して下さった国民の皆さまを裏切る結果となったことは、誠に慚愧に堪えず、深くお詫び申し上げます。

 昨年7月の参院選で自民党は大敗を喫しました。民主党が参院において第一党となり、いわゆる衆参のねじれ現象を引き起こしたため、福田康夫首相の国会運営に非常なご苦労をお掛けしております。また年金記録問題についても福田政権にさらなる十字架を背負わせることとなってしまいました。本来ならば、私が総理の座にとどまり、先頭に立って難局に立ち向かっていかなければならないのですが、その責務を断念してしまったことを痛切に反省いたしております。

 すべてのマスコミが私が総理の座を「投げ出した」と報じました。結果的に所信表明直後という最悪のタイミングで辞任したわけですから、むしろ当然の批判なのかもしれません。しかし実際の私の胸中は「投げ出した」とは対極にあります。政治家にとって、総理大臣は理念と政策を実現するための究極の目標であり、厳しい選挙を重ね、苦労の末に辿り着いたその地位をそんなに簡単に投げ出すはずもありません。

 では、なぜ私は辞任を決断するに至ったのか――。

 9月12日の会見で私は、辞任の理由として、「テロとの戦いを進めていくには局面を転換しなければならない」と申し上げました。その後、入院中の慶應大学病院で行った会見では、「体調が悪化し、体力の限界を感じるに至り、もはや首相としての責任を全うし続けられないと決断した」と説明しました。当初、健康問題について言及しなかったこともあって、辞任の理由については様々な憶測が飛び交い、国民の皆さまに理解していただくための努力も十分ではなかったと今でも大変申し訳なく思っております。

©文藝春秋

 昨年12月、私は官邸の元スタッフと一緒に東京八王子の高尾山を訪れました。途中、休みながらではありましたが、標高599メートルを踏破することができました。そして何より嬉しかったのは、登山中に出会った方々が、突然総理の座を去った私に対して、「お元気になってよかったですね」「心配してたんですよ」と声を掛けて下さったことでした。

 辞任から3カ月、体調もほぼ回復し、当時の状況を冷静に振りかえることができるようになった今こそ、改めて国民の皆さまに、辞任に至る経緯について可能な限り率直に説明したいと思います。