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抜け落ちてしまった「国民への謝罪の言葉」――安倍晋三、12年前の独占手記「わが告白 総理辞任の真相」後編

source : 文藝春秋 2008年2月号

genre : ニュース, 政治

 8月28日、安倍晋三首相が辞任の意向を表明、歴代最長を記録した長期政権が幕を閉じることとなった。会見では「8月上旬に潰瘍性大腸炎の再発が確認された。病気の治療を抱え、体力が万全でない中、大切な政治判断を誤ること、結果を出せないことがあってはならない。総理大臣の職を辞することとした」と述べた。

 安倍首相は第1次政権時の2007年にも、持病の潰瘍性大腸炎が悪化して退陣している。当時、自身の病状や秘めた思いを雑誌「文藝春秋」に明かした“独占手記”を特別に全文公開する。なお、記事中の年齢、日付、肩書などは掲載時のまま。(全2回の2回目/前編を読む)

出典:「文藝春秋」2008年2月号

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「職を賭す」発言の真意

©文藝春秋

 9月7日から9日までは、オーストラリアのシドニーでアジア太平洋経済協力会議(APEC)が予定されておりました。帰国当日の9月10日には、所信表明演説があるため、出発前日の6日には、マスコミ各社の論説委員らと所信表明演説についての懇談が開かれました。そのころには食欲不振、睡眠不足が極まり、座っているのも辛く、テキパキとしたやりとりが難しい状況でした。このあたりから体調不良が深刻であるとの情報が一気に駆けめぐったようです。

 シドニーでの会見では、海上自衛隊のインド洋における給油活動を継続するためのテロ対策特別措置法について、「職を賭して取り組み、果たせなかった場合、職責にしがみつくことはない」と申し上げました。ただし、この時点ではすぐに辞めることまでは考えておりませんでした。むしろ、遠藤氏の辞任もあり、「政治とカネ」一色になっていた空気を変え、本来しっかりと議論すべきテロ特措法という日本の安全保障上、極めて重要な法案に関心を集中させるための戦略としての決断でした。そしてそのためには、私自身も大きなリスクを背負わなければならないと考えたのです。

 日米同盟は日本の安全保障を考える上での基軸であり、万が一、テロ特措法を通すことができなければ、その信頼関係が大きく損なわれる恐れがあります。同時に、国連に加盟するアメリカ以外の国々からも法案継続への期待が数多く寄せられており、これはすでに国際公約となっているのです。私が目指してきた「主張する外交」を実現していくためには、国際貢献を果していくことは当然の責務であると、今でも確信いたしております。結果的に、シドニーでの「職を賭す」という発言以降、メディアの、そして世の中の関心はテロ特措法に移りました。

帰国の途、疲労はピークに

第一次安倍内閣発足 ©文藝春秋

 一方で、体調は悪化の一途をたどりました。シドニーではアメリカのブッシュ大統領やロシアのプーチン大統領との会談もあったのですが、これは何とか緊張感を持って乗り切ることができました。その合間には所信表明演説の原稿にも手を入れました。

 9月10日早朝5時に帰国したのですが、帰りの政府専用機の中で辞任について初めて真剣に考えました。疲労はピークに達しており、その日、午後2時からは所信表明演説が予定されております。本来なら、少しでも睡眠をとっておきたいところですが、機内では一睡もできませんでした。