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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

「白い人魂が動いていった」松永が主張する“スピリチュアルな”取り調べ

完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件 #26

2020/09/22

genre : ニュース, 社会

松永弁護団定例会見「由紀夫さん死亡時の状況」

 2月7日になると、松永弁護団が定例会見を開いた。ここでは、4日前の逮捕について、松永の由紀夫さん殺害への関与を改めて否定するとともに、由紀夫さん死亡時の状況について、松永からもたらされた情報が明かされた。以下、松永が弁護団にした発言である。

「由紀夫は風呂掃除中に倒れて頭を打った。一度起き上がり、台所へ移動し、いびきをかいて寝た。約30分後に息が止まり、緒方らと人工呼吸や心臓マッサージをしたが生き返らなかった。直接見てないが、そんな音がして気配を感じた。そのことは由紀夫と一緒に風呂掃除をしていた少女から後で聞いた」

(写真はイメージ) ©️iStock.com

「由紀夫の遺体解体を見たが、脳の左半分に(脳内出血を窺わせる)どす黒い血がついていた。その状況を絵に描いて、検察調べの弁録に調書として添付してもらっている」

「由紀夫はたしかに体調不良だったが、肝臓の薬もやっていた」

「由紀夫が死亡後、純子と相談して近くの病院の看護婦に預けて逃亡を計画したが、少女から『自分ひとりにして逃げないで』と反対された」

「生前、由紀夫から『とにかく少女を養育してほしい』と頼まれた。由紀夫は借金でサラ金に追われていた。養育費20万円で引き受けた」

「(少女に書かせた)『事実関係証明書』は、遺体解体の口止め目的。少女も由紀夫と一緒に風呂掃除をしていたので、『お前のせいだ』『お前、殺したのか』となって、少女を悪者にしたうえで、“他言したらお前もこうなる”という意味で引き留めるために、あえて“殺人”と書かせた」

 すべてにおいて、松永にとっての“我が身を庇う”筋書きとなっていることは、言うまでもない。なお、少女に書かせた『事実関係証明書』とは、由紀夫さんが死亡した際に、松永が少女に対して〈私は平成8年2月26日に北九州市小倉北区片野×―×―× 30×号室において実父由紀夫を殺意をもって殺害したことを証明します〉と書かせたものである。この『事実関係証明書』は押収されており、2002年7月に開かれた、少女に対する監禁致傷罪での公判における冒頭陳述で、その存在が公にされていた。