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source : 週刊文春WOMAN 2019夏号

genre : ライフ, ライフスタイル, 政治

自分は表に出ずに物事が前に進むように段取りする豊臣秀長が一番好きな武将

——政治家になるチャンスを狙っていたということですか。

菅 いや、それは全然ない。私にとって市会議員というのは非常に遠い存在で、なれるとも思っていなかったから。たまたま横浜市西区の77歳の現職議員が引退し、息子を後継に指名して出馬させようとしていたのに、その息子さんが急遽亡くなってしまったんです。私は、勉強はしなかったけど、『三国志』や戦国武将の歴史の本はよく読んでいたので、「もしかしたら、俺は運が強いのかな」と思うわけです。それで「やろう!」と。ただ二転三転して、その77歳の議員が「また出る」と言い出した。自民党の人たちからは「今回はやめておけ」、「4年後にまた出ればいい」と何度もおろされそうになりましたよ。ただ、私は頑として応じなかった。「これはチャンスだ」と思って貫き通したんです。そこが一つの運命の分かれ目ですね。私は運命論者なんですが、チャンスが巡ってきた時に判断できるか。やはり最後は本人の覚悟だと思います。

——この頃、本屋で見つけた堺屋太一著『豊臣秀長 ある補佐役の生涯』に影響を受けたそうですね。

菅 豊臣秀長は一番好きな武将です。秀吉の弟ですが、自分は表に出ずに物事が前に進むように段取りする。ものすごく気配りができて全体を見ている人ですね。やはり全体を見られる人がいなきゃ駄目です。軍師として招いた竹中半兵衛に対し、本来は格上の秀長が一歩引いて、半兵衛をもり立てるというのも参考になりました。秀長がいなければ、秀吉は天下を獲れなかったんじゃないでしょうか。

——今も97歳でご存命のお母さまが、以前のインタビューで「子どもの頃から選挙ごっこをしていた」と証言していますね。

菅 自分ではよく覚えてないけど、おふくろは「近所で演説家のモノマネをしていた」とよく言っていましたね。たしかに、最初の市会議員選挙の時は、全然名前が知られていなかったので、その年の箱根駅伝の2日間、沿道まで出向いて、そこで応援している人たちの一人一人に「今度、市会議員に出る菅です」と名刺を何箱分も配ってまわりました。今思うと、絶対にできないですよ。私はマイクが苦手なんです。一番嫌なのはカラオケのマイク。歌も歌えませんし、全然面白くない人です(笑)。

photographs:Takuya Sugiyama

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菅 義偉

Yoshihide Suga

1948年12月6日、秋田県雄勝郡秋ノ宮村に農家の長男として生まれる。法政大学法学部卒。衆議院議員秘書、横浜市会議員を経て、96年、衆議院議員選挙に初当選。総務大臣などを歴任し、2012年12月より内閣官房長官を務める。

週刊文春WOMAN vol.6 (2020夏号)

 

文藝春秋

2020年6月22日 発売

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