昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

菅官房長官が初めて語った「妻」と「息子」について 「次の総理候補と60分」#2

source : 週刊文春WOMAN 2019夏号

genre : ライフ, ライフスタイル, 政治

 菅義偉官房長官は9月2日、記者会見し、安倍晋三首相の後継を決める自民党総裁選への出馬を表明した。官房長官としての姿は知っていても、その“素顔”は意外と知られていない。後編は妻や3人の息子について、そして政治家として引退までに「これだけはやりたい」こと……。『週刊文春WOMAN 2019夏号』に掲載されたロングインタビューを掲載する。✳︎年齢、年数等は2019年7月の取材時のものです。

(全2回の2回目。#1を読む)

◆ ◆ ◆

 当時6カ月、3歳、6歳の3人の息子を抱えて、戸別訪問などで陰ながら菅氏を支えてきたのが真理子夫人だ。不思議なことに、菅氏のインタビュー記事を検索しても、夫人についてのコメントはほとんどない。

——夫人と出会ったのはいつ頃ですか。

菅 (気まずそうに宙を仰ぎながら)小此木事務所にいた女性秘書のお姉さんでした。家事手伝いみたいな感じで、事務所にもよく顔を出していたんです。

——ご結婚されたのは?

菅 30歳じゃないですかね。

——夫人についての記事がほとんど見つかりません。

菅 本人は表に出るのが大嫌いなの。

 

——政治家の妻タイプだと見込んだわけじゃないんですね。

菅 全然ない。外に出るのが嫌いな人。でも私も政治家になるつもりはなかったですから。

——政治家になると打ち明けたときはショックを受けられたのではないですか。

菅 だから選挙のときだけ手伝ってくれ、ほかは出さないからと。もう否応なしに。

——プロポーズの言葉を教えてください。

菅 それは全然覚えていない(苦笑)。

親父が就職のアドバイスをするようなのは一番嫌なんだ

インタビューは『週刊文春WOMAN 2019夏号』に掲載された

——ご家庭ではどんな夫、どんな父でしたか。

菅 もともと、夫婦間の会話が多いほうではありません。子どもには厳しかったですよ。いつも言っていたのは「中学高校では運動部に入れ」ということ。長男は柔道、次男はサッカー、3番目はバスケットをやりました。

——三男はその後、ご自身と同じ法政大学に進み、強豪の体育会アメリカンフットボール部に所属されたそうですね。

菅 はい。次男坊も東大でアメフトをやっていたんです。

——東大法学部を出られた息子さんですね。ご長男は?

菅 明治学院です。

——なぜ運動部入りを義務づけたんですか?

菅 私は仕事柄、家庭にあまりいられないので十分な躾ができないですから。部活というのは躾をしてくれますよね。部活をちゃんと続けられれば、社会に出ても、まあ一生飯は食っていけるだろうと思ったんです。

——いま息子さんたちを見て、その教育は正しかったですか。

菅 正しいかどうかはわからないですけど、3人とも、私に就職を頼んだりするのは一番嫌がる人間になりました。私も、親父が就職のアドバイスをするようなのは一番嫌なんだよね。