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「人間ってこれだけ変われるのか」 八重樫東、“戦績以上に記憶に残るボクサー”の凄み

“激闘王”と称されたボクシングの元世界3階級制覇王者・八重樫東(あきら)(37)が9月1日、引退を発表した。

「所属する大橋ジムの大橋秀行会長が『負けた試合の方が歓声が多かった』と話してましたが、被弾上等の逃げない姿勢がファンの心に響き、『俺も明日、頑張らないと』と思わせてくれた稀有なボクサーでしたね」(ボクシング記者)

 その大橋会長に思い出深い1戦を聞くと、2014年9月、ローマン・ゴンサレスとのWBC世界フライ級防衛戦を挙げた。当時のロマゴンは39戦39勝33KOで軽量級最強と恐れられた怪物だった。

「インターバルの間、観客が涙ぐんでいて、見たことのない雰囲気でね。ダウンを喫した後のインターバルで『次、思い切り行け。ダメなら止めるから』と告げたら、腫れ上がった顔で笑いながら『はい! 楽しいです』と。そんな八重樫に対して相手が怯んでるのが分かりました」(大橋会長)

ロマゴンのパンチに立ち向かう八重樫 ©共同通信社

 壮絶な打ち合いの末、八重樫は9回2分24秒で初のKO負けを喫した。

「勝った瞬間にロマゴンが号泣し、まるで八重樫が勝ったような大歓声が沸いたのが印象的でした」(同前)

 ロマゴンの挑戦を受けたこと自体が八重樫というボクサーを象徴していた。前年には井岡一翔にWBAから対戦指令が出たが、「準備期間が短い」と陣営側が拒否。しかし八重樫は二つ返事で「やります」と答えた。

「興行であり、王座を防衛することでファイトマネーが上がるプロボクシングでは、強い選手との対戦を『メリットがない』と避けるのは珍しくないこと。八重樫は、そんな大人の理屈を感じさせないボクサーでした」(スポーツ紙デスク)