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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

“死体なき殺人事件” 北九州監禁連続殺人事件の捜査はなぜ難航したのか

完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件 #28

2020/10/06

genre : ニュース, 社会

松永は「起訴が適法か争うことを検討」

 この起訴を受けて、松永弁護団は「公訴事実は不明確なので、有罪無罪の点はもちろん、起訴が適法かどうかについても争うことを検討したい」とコメント。一方、緒方弁護団は「虐待によって死亡したのは認める。虐待を続ければ死ぬかもしれないと思いながら続けたので、殺意については“未必の故意”の限度で認める」とコメントした。

 じつはこの由紀夫さん事件については、松永弁護団は、殺人罪での起訴についてだけでなく、その勾留の理由についても、徹底抗戦の姿勢を崩していなかった。

 同弁護団はまず3月7日に福岡地裁小倉支部に対して、由紀夫さん事件で2月5日に同地裁支部が決定を下した起訴前の勾留の裁判について、「現裁判を取り消し、検察官の勾留請求を却下するとの決定を求める」との準抗告を申し立てている。

 さらに、この準抗告が同日に同地裁支部で棄却されると、今度はその決定に判例違反があるのではないかとして、3月12日に最高裁に特別抗告を申し立てたのだった(最高裁は同抗告を棄却)。

©️iStock.com

 それに止まらず、4月4日には福岡地裁小倉支部に、今度は同事件について、3月13日に同地裁支部が決定を下した勾留の裁判について、再度の勾留請求却下を求める準抗告を申し立て、それが4月7日に棄却されると、4月10日には最高裁に対し、特別抗告を申し立てたのである(最高裁は同抗告を棄却)。

 それはもはや、“熱心”を通り越し、“執念”ともいうべき戦いぶりだった。

 また、4月16日には、その時点で福岡県警小倉北署の留置場に勾留されていた松永の身柄について、防禦権保障の観点から小倉拘置支所に移すよう、「勾留場所に関する申し立て」を福岡地裁小倉支部に対して行い、4月30日には勾留場所の変更が認められている。制約の多い“代用監獄”から、制約の少ない拘置所に身柄を移されたことにより、松永が手紙を書くことのできる時間が増え、弁護団との十分な接見の時間も確保されたのだった。

緒方智恵子さん殺人容疑で両名を逮捕

 時系列での話に戻すと、2月23日の由紀夫さん事件での、8度目となる起訴に続いて、福岡県警は2月25日に松永と緒方を、緒方の妹である緒方智恵子さん(仮名、当時33)への殺人容疑で逮捕した。逮捕事実は〈被疑者両名は、他と共謀のうえ、平成10年(1998年)2月10日ごろ、北九州市小倉北区片野×丁目のマンションの一室で、殺意をもって被害者の頸部を電気コードで絞め、そのころ、同所において窒息死させて殺害したものである〉というものだ。

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