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特集観る将棋、読む将棋

2020/09/27

「一見すると危ないけど実はいちばん安全」という勝ち方

「最後、藤井さんにはいくつかの勝ち方はありましたけど『一見すると危ないけど実はいちばん安全』という勝ち方を選んでいたのが非常に印象的でした。こちらがいろいろと試みる中で、すごく冷静な対応だったと思います。ずっと落ち着いて指している印象でした。あの時点で既に慣れていた可能性もあります。すごいことですよね」

 羽生の敗戦があらゆるメディアで大々的に報じられる中、強調されたのは「非公式戦で」というフレーズだった。真剣勝負ではなかったような印象を受けた人も多かったと思われるが、間違いである。棋士はイベントでの記念対局であれ、目の前に盤と駒があれば死力を尽くす。ともに全力で戦った結果、羽生は藤井に敗れ、藤井は羽生に勝ったのだ。

「もちろん、記録に残る、残らないということはありますけど、盤に向かって一生懸命指すということはどんな時も変わりません。ただ、藤井さんとの一局は、あまりにも話題になって『あれ? 非公式戦じゃなかったかな?』と後で思ったりはしましたけど(笑)」

「第2回AbemaTVトーナメント」収録を終えた羽生九段と藤井七段(2019年5月当時) ©スポーツニッポン新聞社/時事通信フォト

敗れた直後、なりふり構わず勝負に徹した

 敗れた直後、羽生は同じ非公式戦の「獅子王戦」でも藤井と対戦し、今度は勝っている。話題になったのは、戦型に「藤井システム」を採用したこと。羽生と同い年の藤井猛九段が創案し、2000年前後の将棋界に革命を起こした戦型だが、近年の採用例は極めて少ない。2002年生まれの14歳には経験に乏しいのは必然で、羽生はなりふり構わず勝負に徹したことになる。

「失礼ながら横綱の立ち合い変化という印象も受けます」と言うと、羽生は意外な事実を明かした。

「でも、指してみると、最近の実戦に出てこないような形でも藤井さんは詳しく知っているんだなという印象を受けましたよ。驚きました」

 その後、藤井は国民の期待に応え続けて公式戦連勝の新記録を樹立した。将棋の神様でも予見できなかったような快進撃を、どのように受け止めているのか。

「神谷さんの記録は、まさか絶対に破られることはないだろうという大記録で、誰かが近づくことさえ考えられなかったくらいですから。まさかデビューして、そのまま29連勝する人が現れるなんて全く思いもしませんでした。驚いています、としか言いようがない(笑)。しかも、はっきりと不利になり、負けそうになった将棋は5局もないです。普通は連勝していても、危ない局面くらいは度々あるものですけど」

 賛辞を贈る羽生自身も15歳で棋士になり、初めて年度を通して参戦したルーキーイヤーの1986年度に全棋士最高勝率(.741)を記録している。88年度にはNHK杯戦で大山康晴、加藤一二三、谷川浩司、中原誠の名人経験者4人を破って優勝し、棋界を震撼させた。自分の10代の時も同様に完成されていたのではないのか。

©文藝春秋

「いえ、当時は時代が違いましたから。あの頃は研究や定跡に重きを置かず、力戦や乱戦での力のねじり合いこそが勝負なのだという時代の風潮がありました。だから活躍できた面はあると思います。早指し(持ち時間が短い対局)棋戦のNHK杯で4人に勝つことは出来ましたけど、もう1回やったらどうだったか、持ち時間が長かったらどうだったか(持ち時間は短ければ短いほど番狂わせが起きやすいとされる)と考えたら、まだ全く及んでいなかったのが実態だったと思います。でも、藤井さんは安定感が本当に素晴らしい。なんでなんでしょう。本当に不思議です」

(文中敬称略)

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「羽生善治九段、3年前のロングインタビュー『藤井聡太さんの弱点が見えない』」の続きは、「文藝春秋digital」で公開中です。

「尋常でない強さだ……」渡辺明二冠、藤井聡太棋聖を語る

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