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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

松永・緒方の逮捕から1年……記者から8つの質問「発覚1年を迎えた心境は?」

完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件 #29

2020/10/20

genre : ニュース, 社会

松永弁護団からの会見による回答

 続いて3月7日に開かれた松永弁護団の会見では、弁護士により次の説明が行われた。

1(発覚1年の心境)

「何も変わらない。やってないことはやってない、やったことはやった、と」

2(死亡した緒方家親族への心境)

「哀悼の意を表したい。和美さん(仮名=緒方の母)については、『隆也さん(仮名=緒方の妹の夫)を叱りつけてでも、入院させてあげたかった』との気持ちはある。智恵子さん(仮名=緒方の妹)についても、『(犯行を)止められなかった。自分は寝ていたのでどうしようもなかった』と」

3(故・広田由紀夫さんへの心境)

「哀悼の意を表したい」

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

4(黙秘から自供に転じた理由)

「(松永)本人曰く、捜査当局に対して、権力だ、と。自分がいままで言ったようなことを仮に言ったとしても、なかなか捜査当局はそういう見方をしない。たとえば“男と女がいて、やっぱり男がうしろで糸を引いている”といったように、なかなか自分の言い分を受け入れてくれない。もうひとつは、当時、いろいろな押収品など物証その他客観状況を進めていってもらい、そこから証拠事実を見ていってほしいという気持ちがあった。

 話をしたきっかけは、弁護士が交代した時期ともだいたい一致するが、弁護士との接見の結果、“きちんと話した方がいい”ということに決めた。この時期、すでに孝さん(仮名=緒方の父)、花奈ちゃん(仮名=緒方のめい)については起訴済みだったが、少女の供述に基づいた起訴状を見て、真実と異なる部分があった。それから(緒方)純子さんも供述を始めたし、そういう状況のなか、今後どうしたらいいとなり、話した方がいい、嘘を言ってはいけないと思い、弁護士の助言を素直に受け入れた。

(写真はイメージ) ©️iStock.com

 たぶん捜査当局は当初、松永さんが実行犯と思っていたんじゃないか。それがいまでは、とにかく自分が実行したのではないことは分かってくれた、と。当時、『やってないことはやってない』と主張したとしても、少なくとも警察は信用してくれない。いろいろ調べていったら、証拠と自分の意見が合うでしょう、と」