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「軍は兵隊の骨までしゃぶる鬼畜と化した」朝ドラ『エール』はなぜ凄惨なインパール作戦を描くのか

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2020/10/14
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 これは、宮崎駿が零戦の設計者・堀越二郎を描いたアニメ映画『風立ちぬ』に対する返歌として位置付けられる作品になるのかもしれない。

 朝の連続テレビ小説の舞台が太平洋戦争の戦地、それもインパール作戦が決行されるミャンマーを舞台にしたシークエンスに突入した第18週『戦場の歌』の放送を見ながら、そんなことを考えていた。

NHK連続テレビ小説『エール』公式HPより

誰一人予想できない空前の事態に見舞われた『エール』

 朝ドラの歴史上、『エール』ほど様々なトラブルに見舞われたチームも珍しいだろう。放送前の段階から「制作上の都合」という理由で当初の脚本家が交代し、清水友佳子氏、嶋田うれ葉氏、番組スタッフが執筆することが発表され、ただでさえ外野にあれこれと言われる朝ドラに様々な憶測を呼んだ。

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 放送開始の4月には、社会は新型感染症による未曾有の世界的事態の中にあり、映画館や劇場が次々と閉鎖される中、第一回放送直後の4月1日にはすでに収録が止まっていた。

 6月29日にはついに放送そのものが中断、9月14日の再開に至るまで、ここまでの放送分をもう一度繰り返すというかつてない事態に追い込まれた。放送中に開催されるはずだった東京五輪は延期が発表された。今年の初めには誰1人予想できない空前の事態だった。

 放送前の3月には、志村けんというスターを新型感染症で失っている。3月当時にメディアで盛んに言われた、『37.5度以上の熱が4日続くまでは自宅待機』というコードを守り自宅静養するうちに急激に悪化し、検査によって新型感染症と判定されたのは、すでに集中治療室で人工呼吸器をつけ意識を失ってから2日後のことだったという。

志村けん

 演出と脚本を担当する吉田照幸氏は、NHKの番組『となりのシムラ』などで志村けんと以前から何度も仕事を共にしてきた演出家である。本来ならこの『エール』をきっかけに、今まで固辞してきた俳優業への活動を展開し、主演映画の撮影も控えていた志村けんという稀有な才能を、ドラマスタッフは撮影の途中で失ったことになる。