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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

2020/11/03

genre : ニュース, 社会

罪状認否・広田由紀夫さん(34)事件

「これはもう、どういうふうに由紀夫くんを殺したのかわからんです。電気と殴ったのは認めます。なんで多臓器不全なのかよくわからない。殺意、指示もない、殺してもいない。死体を見ているのは間違いない。しかし、医者じゃないから、多臓器不全についてはわかりません。腎臓、肝臓が悪い、は無かったと思う。食事は与えてました。暴行、通電はその当時、たしかにしてました。カロリーメイト5箱くらい。バナナ、牛乳もやってた。暖房器具とかも与えている。毛布なんかもやってます。なにを基準に“十分”かはわかりませんが、毛布、新聞紙、布団乾燥機はしていました。(寝起きしていたとされる)風呂場の壁に水滴がつくくらい、あったかくなってた。囲い(木製の檻)のカギを閉めるわけでもない。洗面器を上に置いて、動いたら水が流れる“時限爆弾”で由紀夫くんと遊んでいた。蹴ったり殴ったりはありましたが、お腹や背中は危ないとわかっているから、蹴ったりはしていません。もともと由紀夫くんは太ってた人で、検察官に見せられた2月29日の写真は、顔は痩せてます。しかし腕の太さは同じ。その点をよく見てもらいたい。顔に痒疹ができていたというが、あれは清美、緒方、自分がやったもの。ペンチで挟んだ傷で、痒疹ではない。ペンチ痕です」

 ここまでを一気に話すと、松永は由紀夫さんの自由を制約していた理由について続ける。

「甲女が学校に行って、由紀夫くんが寝る場合、頭が少しおかしくなってたのか、子ども(松永と緒方の長男)がいるから怖い、と。そこで風呂場に入ってもらったことはあります。でも、毎日入ってもらうことはありません。たしか『ナビゲート』という薬を飲んでました。甲女が由紀夫くんにボコボコにやられたこともありました。まあ、自分の支配下にあったということの、法的評価はそちらで判断してください。自分ではわからない」

※写真はイメージ ©️iStock.com

 ここで検察官から、由紀夫さんが新聞紙にくるまって寝ていたことを指摘され、松永は言い返す。

「毛布は××(ホームセンター名)で買って与えていました。新聞紙はたくさん与えた。保温にとっては、十分与えればいいと思う。下にも雑誌を厚く敷いて、それはもう、バリバリあったかくして寝せて、いや、寝てもらってました」

罪状認否・緒方智恵子さん(仮名、当時33)事件

 最後に、緒方智恵子さん(仮名、当時33)事件について語る。

「智恵ちゃんに対しても、殺しても、死なせても、共謀もない。(夫の)隆也さんから、純子から、聞いてますので、死んでると思う。隆也さんから、(智恵子さんの)首を絞めて窒息死については聞いています」

 こうして、松永の罪状認否は終了。思いのほか時間がかかったことで、裁判長はここでいったん休廷を宣言した。

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