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“女癖”の悪さに定評あり

 初鹿氏は、当選3回。東大法学部を卒業し、議員秘書、都議を経て、2009年に東京16区で民主党から出馬、初当選を果たした。

「初鹿氏は鳩山由紀夫元首相の秘書経験もあり、筋金入りのリベラル派です」(同前)

 今回の選挙では、小池百合子氏の「排除」に反発し、立憲民主党の結党に参加。結党メンバー6名の1人として、党を代表してテレビにも出演し、法に基づく政治の大切さを訴えていた。

「選挙戦では、枝野代表も応援に入り、自民党の大西英男氏に敗れたものの、比例区で復活当選を果たしました」(同前)

枝野代表も初鹿氏の応援に(YouTubeより)

 私生活では、自ら「宝物」という妻と3人の子どもがいる初鹿氏。ただ交流のある女性記者が言う。

「『爪がキレイだね』と言われ、いきなり手をさすられたことがあります。女癖の悪さには昔から定評があるんです」

〈みんな奥さん以外に、はけ口求めていると思うよ〉

 2016年12月には「週刊新潮」に“不倫未遂”を報じられた(16年12月29日・17年1月5日合併号)。

 記事によれば、初鹿氏は舞台女優と個室で食事をした際、女性の胸を触り、自らズボンを脱ぎ始めることもあったという。さらに別の日には、歌舞伎町のラブホテルに強引に女性を連れ込もうとしたが失敗。記事には初鹿氏のこんな“弁明”が掲載されている。

〈みんな奥さん以外に、はけ口求めていると思うよ。でも風俗はつまらない。あなたとイキたいと思われるから、こっちもイキたくなるわけ。〉

 だが、初鹿氏は不倫どころか性暴力事件まで引き起こしていたのだ。

 被害者は佐藤陽子さん(仮名)。事件が起きたのは、15年5月のことだったと明かすのは、陽子さんから当時、相談を受けていた冒頭のAさんだ。

「それまで陽子さんは初鹿先生と個人的に親しいわけではありませんでしたが、支援者の1人でした。15年5月に、港区内で親しい知人らによる懇親会が開かれ、陽子さんも出席しました。政界関係者など、数十人が参加したそうです」

 一次会を約1時間で終えると、二次会は初鹿氏の知り合いの飲食店で行なわれたという。

「初鹿さんは二次会を終えた時点で相当酔っ払っていて呂律(ろれつ)が回っていませんでした。二次会は深夜にお開きとなり、タクシーに分乗して帰ることになりました」(同前)

 陽子さんは別の参加者と初鹿氏の計3人でタクシーに乗った。この時、陽子さんの意識ははっきりしていた。車中では3人で世間話をしていたが、1人が先に降りると、初鹿氏は豹変したという。

「陽子さんも初鹿氏の女性にまつわる噂は聞いていたので、2人きりになった時に不安がよぎったそうです。案の定、初鹿氏はいきなりキスを迫ってきたのです。いくら拒否しても行動はエスカレートするばかりで、陽子さんはショックのあまりフリーズ状態になってしまった。そして、初鹿氏は遂には無言のままズボンのチャックを下ろし、陽子さんの顔を引き寄せたそうです」(同前)