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公取委もタレント契約に注目

 裁判が進行している間も、能年を取り巻く状況は悪化の一途を辿っていった。

 能年とレプロの契約は16年6月で終了。だがレプロは契約について、解決に至っていない、との立場を表明。能年のもとには、レプロの許可なしに「能年玲奈」という名前を使用できない、という文書が送られ、彼女は本名である「能年玲奈」から「のん」に改名した。

 露出が極端に少ない状況も改善しなかった。15年~17年のテレビ出演は僅か五番組、18年に至ってはゼロ(NHKと在京民放五局の出演番組数調査)。一方で映画は、「この世界の片隅に」(16年)に、声優としてではあるが唯一出演。興行収入27億円のヒットに貢献した。

 この頃、能年の独立を巡る問題を他誌も報道。広く知られると共に、社会問題化していく。公正取引委員会も、芸能事務所による移籍制限や不当な契約、独立したタレントがテレビ・映画に出演できない事実を問題視。18年2月にはレプロなど芸能事務所が加盟する日本音楽事業者協会に対し、公取委の有識者会議が、「企業側が個人の移籍を制限すれば独占禁止法違反に当たる場合がある」との見解を示したのだ。

「あまちゃん」当時の能年。左は母親役の小泉今日子、右は祖母役の宮本信子

地裁判決で認定された事実

 状況が動きつつある中、19年4月に下った地裁判決。そこでは主に次の点が事実として認定された。

・「あまちゃん」放送開始当初まで彼女の給料は月給5万円だった(放送3カ月の時点で20万円に増額、賞与も支給された)。
・能年は契約を更新しないことを希望する旨の通知をしたが、事務所は受け入れなかった。

 だが、

・彼女が逼迫した経済状況に置かれていること
・希望しても仕事が入らないこと
・社長のパワハラ

 これらの記述は、「事務所と対立する能年側の主張に基づくに過ぎない」などの理由で、真実相当性が認められなかった。

 本誌取材に対する担当者の〈発言の中には誤解を招きかねない部分〉(先述の「進撃の巨人」に関して)もあったことから、謝罪広告の掲載は不必要とされ、損害賠償額は計660万円。

 本誌は即日、控訴の手続きを取った。

 東京高裁(後藤博裁判長)では、能年が事務所に仕事を求めて申し入れをしていた事実を裏付ける資料など、改めて証拠を提出した。

 この年、芸能界には更なる地殻変動が起きた。7月、ジャニーズ事務所から独立した稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の「新しい地図」とテレビ局との契約を、ジャニーズ事務所が不当に妨害した疑いがあると公取委が注意したのだ。