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2020/11/22

こっちを見ているヒグマと目があった

 1970年7月24日。

 前日のうちにトッタベツ川を渡り、エサオマン北東カール(圏谷)にテントを張った一行は、6時に起床。札内岳を経て、10時、エサオマントッタベツ岳(1902メートル)頂上に到着。美しい景色を堪能する間もなくキャンプ地へと向かう。30度を超える気温の中、14時20分、シュンベツ岳(1852メートル)の頂上に到着する。

「ここでみんな水を飲んだりして、休憩しました。私は小用を足すため、ササ藪に入ったんです」(吉田氏)

 すると突然、ササ藪が「ガサガサッ」と揺れた。音のした方を見ると、ササ藪の上に上半身を出してこっちを見ているヒグマと目があった。

「まだ若いクマだな、と思いました。それほど怖いとは思わなかった。それでみんなのところに戻って『おい、クマだ、クマだ』と知らせて、みんな“ドレドレ”と見に行った」(同前)

 前述したとおり、当時、日高山系でヒグマが人を襲った例はなく、こうした反応も無理はなかった。

 後にこのヒグマは、3歳から4歳のメスと推定され、体長は130センチ程度だったことがわかるが、吉田氏の印象でも「それほど大きくなかった」という。

 だがそのヒグマは、ちょっと様子が違った。

「日高山脈山岳センター」に展示されている加害グマの剥製

「まるで我々を“待っていた”ように見えた」

「不気味だったのは、まるで我々を“待っていた”ように見えたことです。シュンベツ岳の頂上で、いつも登山者が飲んだり食べたりして休憩することを知っていたんだと思います。そこにいけば人間が捨てた食べかすなどにありつける、と」

 この証言は後ほど重要な意味をもつ。

 ヒグマは、まっすぐ近づいてきたという。

「人間を怖がる様子もない。それまで山でヒグマを怖いと思ったことは、ありませんでしたが、一方で小さい頃よく大人から〝ヒグマは怖いもんだ〟と聞かされてもいた。それで、慌ててキスリングを担いで、頂上から降りたんです」(同前)

 クマはしばらく頂上付近でウロウロしていたが、やがて匂いを辿るように吉田氏たちの後を追って下り始めた。

「たまたま私は列の最後尾になっちゃったんで、着実に距離を縮めてくるクマの姿が見える。こっちは重いキスリングを背負って、スピードはあがらない。思わず『おい、前、もっと急いでくれ! クマが来てる』と叫びました」(同前)

 クマは10メートル後方にまで迫っていた。

「もうダメだ、と思ったら、ちょうど下山コースの途中に大きな岩があったんです。“あの岩に上れっ!”と夢中で上りました」(同前)

 高さは2メートルほど、横から見るとまるで帽子のように上部が平らになっている岩だったという。