昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/11/22

「クマが飛び掛かってきた」

「岩の上は5人が登れるだけの広さがありました。そこで下山ルートを降りてきたクマと“にらめっこ”になりました」

 時間にして3分ほど経った頃、クマが動き出す。姿勢を低くして、うなりながら、岩に手をかける。その毛は逆立ち、ヨダレが糸を引いていたという。

 次の瞬間――。

「クマは5人の間を割るように、飛び掛かってきました。無我夢中で身をかわすと、勢い余ったクマはそのまま反対側の斜面を転がり落ちていった。本当に素早い動きで、今思い出してもよくかわせたな、と」(同前)

 クマはすぐに体勢を立て直すと、再び向かってきた。

「それを見て、“これはヤバい”と、みんなで飛び降りた。キスリングを先に落として、逃げるときに拾おうと思いました」(同前)

 それぞれ岩の左右に2人と3人に分かれて飛び降りた後、岩をまわりこむようにして再び5人で合流したが荷物を拾う余裕はない。

 なおもクマはしつこく追ってくる。すると、メンバーの1人がハイマツに足をとられて転んでしまった。

「幸い、すぐに足が抜けたから5人一緒に逃げることができた。あそこでもし彼の足が抜けなかったら、引き返さざるを得なかった。幸運だったです」(同前)

事件を報じる当時の西日本新聞

「水筒でもなんでも、ぜんぶ爪で裂いてありました」

 30メートルほど走って振り向くと、クマは追ってこなかった。キスリングの中の食料を漁っているのか――最初にクマに遭遇してから30分が経っていた。

 5人はその後、キャンプ地に向かい、別ルートの北海学園グループとようやく合流。「クマにやられた」と口々にまくしたてたが、仲間たちの反応は鈍かった。

「冗談だと思われて、“またぁ”と、なかなか信じてもらえなかった。だけど『見ろ、ザックないだろ?』と言ったら、ようやく信じてくれた」(同前)

 B氏の手記によると翌25日早朝、荷物を回収すべく現場に戻ってみると、3つあった大きなキスリングのうち2つは、跡形もなく消えていた。残されたザックの中味は、〈岩の上にきれいに並べてあった。まるで人間が並べたかのように〉(B氏の手記より)。

 吉田氏もこう語る。

「水筒でもなんでも、ぜんぶ爪で裂いてありました。それを見て“またクマが来るかも”と怖くなって、急いでその場を離れました」

  一方で同日、福岡大学ワンダーフォーゲル同好会の5人(リーダーの豊田さん・3年、サブリーダーの原さん・3年、工藤さん・2年、高島さん・1年、山口さん・1年)は、エサオマントッタベツ岳、シュンベツ岳を経て、15時20分、九の沢カールに到着し、テントを設営していた。