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2020/11/21

source : 文藝春秋 digital

genre : ライフ, スポーツ

イップスの根本原因はリズム

――そこから少しずつ改善していったわけですか。

浅田 フォームを変えても、ほとんど何も変わりませんでしたね。ただ、フォームを変えているときに、どんな投げ方でも結局、リズムが大事なことに気づいたんです。結論を言ってしまうと、僕はイップスになるのもイップスを治すのも要はリズムだと思っているんです。リズムを変え始めたら、ちょっとはマシになってきました。普段、「1、2」のタイミングで投げていたものを「1、2、3、4、5、6……」と数えていって、このタイミングなら行けそうだというところまで5分でも10分でも待つ。行けると思ったら、あとはボードに向かって腕を振るだけ。15秒ぐらいかけて1から5まで数えたこともありますし、逆に、2秒くらいで「1、2、3、4、5」と早く数えたこともある。そんなことばかりやっていました。そうしたら、怪しいながらも、少しずつ腕が出るようになっていったんです。イップスになって2ヶ月くらい経った頃でしょうか。

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――そこからは日に日に症状が軽くなっていったのでしょうか。

浅田 ダーツは一度に3本投げるのですが、最初は、3本とも投げられなかったのが、この投げ方なら1本は投げられる、みたいな。それが2本になり、あれ、3本とも何とか腕が出るようになったぞみたいな感じでしたね。1週間単位、1ヶ月単位で、少しずつ変わっていきました。

――プロ1年目はランキング8位で、2年目はイップスに苦しめられながらも11位と健闘しています。それもすごいですね。

浅田 その頃には、2本目、3本目は何とか投げられるようになっていたので。1本目は腕が出ないと思いながら「うーん、うーん……」みたいになるのですが、2本目は普通に出る。なので、1本目は捨ててもいいので投げられさえすれば、2本目、3本目で取り返せる。それで何とか食らいついていったという感じでした。

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 2009年はランキング4位と躍進した浅田選手は、いかにして「イップス明け」を果たしたのか。インタビューの続きは、「文藝春秋digital」で公開中です。

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