――昨夏の初当選から疑惑発覚までの3カ月間を今振り返ると?
「あの頃はとにかく疲れていました。選挙後も体中が痛いし、もう、目を開けていられないんですよ。5月の連休から2カ月以上、2500カ所で街頭演説をやって眼球が焼けちゃったから。毎日眼科に飛び込んで、麻酔を打ってもらっていたんです。そこまでやって、選挙に通ったのに、こんなことで足をすくわれるんだっていう、悔しい想いがやっぱりある。10月27日の党広島県連のイベントで、今度の文春に何かが出るらしいって聞いた時も、きっと私じゃなくて主人のことだろうと思っていたんで。もう壇上で寝ちゃったくらい、疲労困憊でした」
「セクハラなんて、甘い、甘い」
その4日後、10月31日に文春が発売されて以降、彼女は大きな渦に飲み込まれた。党内でも四面楚歌を強いられ、男性議員からは露骨に煙たがられたという。
彼女は以前、自民党の体質を私にこう語っていた。
「セクハラなんて、甘い、甘い。男性議員の本当の恐ろしさとは、気に入らない女性を政治的、社会的に抹殺しようと、束になって潰しにかかってくることです」
また、黒川弘務・前東京高検検事長が賭けマージャン問題で辞職した直後の5月24日夜、彼女は意味深なメールを送ってきた。
〈検察は今、大変なようですね。黒川さんも私も同じように権力闘争のおもちゃにされてしまって、権力の恐ろしさを痛感します〉
公設秘書も一審で有罪判決を受け、連座制による彼女の失職も秒読み段階に入った。今後の人生をどう考えているのか――。
二人きりのやりとりが3時間を回る頃、訊ねた。
「ミラノにファッションの勉強に行こうと思っていた」
「ここでひと区切りにして、ドロドロした政界と距離を置きたいなと。ホントは私、(昨年春に)県議を辞めて、ミラノにファッションの勉強に行こうと思っていたんです。でも結局、参院選に出ることになっちゃった。だから、自分がなんとなく、消費されているなという意識があって。岸田(文雄)さんと菅(義偉)さんの覇権争い、岸田派と二階派(案里氏の所属派閥)の争い、検察と官邸の対立……。そういう中で“消費される対象”として擦り減っちゃった。だから、自分を取り戻したいっていう気持ちがある。私、今までは、世の中のためになるかどうかという尺度だけで、自分の仕事も生活も計ってきたんです。でも、これから時間ができたら、小説を書くことに没頭したいと思います」
私の手元に一編の未発表小説がある。題名は『ことばの部屋』。案里氏が5月中に丸5日をかけて綴った。選挙違反を疑われた女性政治家が事情聴取中に検事をなじり、挑発し、かみ合わない問答を続ける約2万字の「処女作」(案里氏)だ。
彼女は私に、「これは実話じゃない」と強調したが、描かれた内容は、現実のものになろうとしている。
(初出:「週刊文春」6月25日号)
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このインタビューを手掛けた私は8月の初公判から約3か月半、週に2~3度のペースで東京地裁に足を運び続けてきた。案里被告の公判を見るため、傍聴希望者の長い列に並び、抽選で当たった時には必ず被告席に一番近い最前列の傍聴席に座った。
法廷闘争が始まった当初は緊張した面持ちで、終始うつむき加減で臨んでいた案里氏だったが、夫の河井克行氏との審理が分離された9月頃から一変。時に「ふふふ」と不敵に笑い、時に膝の上でピアノの鍵盤を弾くような仕草も見せた。
一方で、証人が検察の主張に沿った証言を続けていると後ろに座る3人の弁護人にメモを渡すようになり、法廷で再会した現役女性秘書が案里氏に不利な発言をすると背後からギロッと睨みつける場面もあった。
私はその目つきを見て、ハッとした。
「これは、滝尾小百合そのものじゃないか」
滝尾小百合とは、案里氏が未発表小説『ことばの部屋』で描いた「疑惑の政治家」。エリート検事からの追及を高飛車な態度でことごとく跳ね返す妙齢の女だ。
『ことばの部屋』には、滝尾が逮捕された後のストーリーは書かれていないが、私は法廷で時折、無言の挑発を繰り返す案里氏の様子を見ながら、彼女があの続編を自ら演じているようにも思えた。
第1日目を終えた被告人質問は、11月17日と20日にも予定されている。12月には結審を迎え、年明けには判決が下される。
現実は小説よりもシビアだ。科される罪の軽重は、案里氏自らが創作することはできない。